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河合隼雄先生『受験』

臨床心理学者の河合隼雄(かわい・はやお)先生の対談集『心理療法対話』(岩波書店刊)を読みました。  河合先生が何人かの先生方と対談されています。  武蔵大学人文学部教授の古橋信孝(ふるはし・のぶたか)先生との対談の項から抜粋し紹介します。

『河合・・・今はそういう本来的な儀式はほとんどなくなっていますが、人間には本当は必要なんですよね。  だから個人で物語をつくったり、個人で儀式をやったりしなくてはならない。  しかし、逆にいうと、自分でできるから面白いのじゃないかと思っているんです。

古橋・・・私、以前から思っていたのですが、受験というのは、ある意味で試練のようなものだという感じがあるんです。  だから、あれはいわば灰色の青春でかまわないわけで、あれを経過して成長する過程をいかに自分が利用するかということだと思うのです。

河合・・・うまくやっている人には、ちゃんと意味を持っているわけですね。  ところが下手なほうにちょっと歪(ゆが)んでしまうと、もう試練だけで、儀式的意味を失ってしまうわけです。

古橋・・・歪みのほうが大きくなってしまうほうに注目がいって、なるべく受験はやさしくするという方向になっていますね。

河合・・・そこが問題なんです。  歪みのことだけを、可哀相(かわいそう)じゃないかと論じて、全体の制度を変えようとやってきたけれども、あれがひとつも成功しない。  何か制度を変えることによってすべての人が幸福になる道があるという大錯覚(だいさっかく)を起こしているんですが、そんなものあるはずないですよ。』

私自身、何度かの受験体験を持っています。  つらく感じたこともありますが、今から思えば、自分にとって大変いい経験になっています。  

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