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稲盛和夫さん『人間の本質』

『人間の本質』(本山博・稲盛和夫著 PHP研究所刊)を読みました。  対談の中の稲盛さんの発言から抜粋し、番号を付けて紹介します。  稲盛さんは京セラおよび第二電電(現KDDI)の創業者です。

『①人智を超えたものが存在すると考えたほうが、この世界の成り立ちやその意義をうまく説明できるし、何よりもそのような存在に畏敬(いけい)の念を持ち、謙虚に生きるほうが、人間はよりよく生きることができるのではないだろうか。・・・「はじめに」より抜粋

②私は本山先生がおっしゃるような、神様が降りてくる体験をしたことはありませんし、霊的なことについてもよくわからないのですが、なるべく心をきれいにして、思いやりに満ちた人間にならないといけないと思っていきています。  そのために、常に自分に反省を求めて生きてきました。  そうしていますと、神様との直接の接触はありませんし、その実感もありませんが、すべて神様が守ってくださったんだ、神様が手伝ってくださったんだと思えるくらい、すばらしい人生を歩んでこられたように思います。

③私はよく、「経営を上手くやっていこうと思えば、心を高めることが必要です」と話します。

④中には偉そうに振舞う大学の先生もいますが、それでは本当に独創的な研究はできません。  真にクリエイティブな新しい研究ができる先生というのは、実際にお会いしてみても、やはり人柄のいい人が多いように思うんです。  それは心の根底に愛があるからでしょう。

⑤こんなことを言うと失礼かもしれませんが、お坊さん、特に禅宗のお坊さんは座禅などを通じて、自分の心のレベルを高めているわけですが、位の高いお坊さんにお目にかかっても、人柄まで立派だと思える人は非常に少ないですね。  社会のため、みんなのために役立てたいと思って修行するなら、すばらしい人間性を身につけることができると思うんですが、高い地位に昇りたい、有名になりたいと、自分のために修行をしておられるせいか、自然と頭が下がるような人にはなかなかお目にかかれないのが残念でなりません。

⑥また霊能力がある方でも、その霊能力でせっかく神様とつながっているはずなのに、人間としてはいかがなものかと思える人がいます。  霊能力と人格、品格がパラレルでないということが非常に問題だと私は思うんです。

⑦一人の技術者が窯(かま)の横で半べそをかいていたんです。  「どうしたんだ」と声をかけたら、「一生懸命やっているのに、何日徹夜してもなかなかできないんです」と答えるわけです。  私は「お前、神様に祈ったか」と、彼に問いました。  本当に全力を尽くしたのか、そうであれば、後は神に祈るしかないという意味だったのです。  彼はすぐにはピンとこなかったようですが、再び勇気を奮い起こして開発に取り組み、見事に難しい製品を作り上げたんです。  (中略)  本当に無心になって、精魂込めてやったのであれば、人は自然と神様にすがり、神様に祈ろうとするはずです。』

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