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本山博先生『人間の本質』

1.昨日紹介した『人間の本質』(本山博・稲盛和夫著 PHP研究所刊)の「はじめに」で稲盛さんは本山先生に関して次のように書かれています。

『私自身にはまったく霊能力はない。  いつか、そういう素晴らしい力を秘めた方にお会いしたいものだと考えていたところ、ある方を介し、本山博先生をご紹介いただいた。  以来、親しくお付き合いをさせていただくことになり、すでに30年ほどが経過した。  お会いするたびに、「真の霊能力を持つ人だ」との認識を新たにし、尊敬の念を深めてきた。』

2.同書の中の本山博先生の発言から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①稲盛さんのように「超作」(物と自分が一つになって、自分を離れて物も自分も見ることができるようになること。)ができる人は、本当に真剣に仕事に打ち込んでいると、物の中にある魂が自然にわかるようになります。  西田(幾多郎)哲学では、これを「行為的直観」と言っています。  要するに、一生懸命打ち込んでいると、物のほうから「こうしてください、ああしてください」と言うようになるのです。  人間は、その言うとおりにすればいいのです。

②行をするときには、何かを得たいとか、霊能者になりたいなどということを決して思ってはいけません。  神様を信じてただ座るだけです。

③釈尊だって、釈尊自身が、「百千の過去の生涯を想い起こした」と言われたと伝えられているように、数え切れないほど生まれ変わって、やっと悟りを得ることができたのです。  空海も同じだと思います。  ですから、誰でもただ一回の生の間に、一生懸命行をしたから悟れるかというと、そうはいかないんですよね。

④稲盛さんは子供の頃に結核になられたでしょう。  そこで死との対面があったわけだけれど、自分なりに乗り越えていかれた。  それが神様の大きな力をいただく一つのきっかけになったのですね。
  (中略)  人間というのは、死に直面したり、自分の能力の限界を感じたりしないと、より大きなものに生かされているという直観が出てこないのです。

⑤新興宗教の中には、何十万という信者を抱えている教団があります。  その多くは教祖がある種の霊能力を持っていて、病気を治したりすると、人びとが驚いて帰依するという形で信者を増やしています。  本当はそういう超常現象を起こせるような霊能力がなくても、心を高めることに努め、美しい愛に満ちた魂になることができた人が、教祖として多くの人びとに教えを与えることが、一番すばらしいことなんでしょう。

⑥祈りができないような人は、魂の成長はできませんね。  魂の成長ができれば、自然に自分というものを超えて、みんなの役に立つことができるようになります。  知恵が湧いて、想像力が出てくるのが祈りです。  祈りというのは基本的には、人間を超えた何かによって動かされることです。

⑦要するに、われわれはただ神様の道具にすぎないのだ、ということがわかると、自然に祈りが毎日できるようになります。  すると神様と一つになりながら動けるようになる。  だから、祈りは人間にとって一番大事なことなのです。  魂が成長するためにはね。  祈りができない人は、やはり伸びないですね。』

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