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阿久悠さん『星を作った男』

『星をつくった男・・・阿久悠と、その時代』(重松清著 講談社刊)を読みました。  作詞家・作家の阿久悠(あく・ゆう)さんの人生について、直木賞作家の重松清さんが書いています。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①作詞作品の総売上枚数は2009年2月時点のオリコン調べで6826万枚・・・史上第1位、それも第2位の松本隆さんとは1800万枚以上の差があるのでダントツと言っていい。  日本レコード大賞の大賞は5回、作詞賞は7回受賞。  こちらも作詞家としては最多記録である。  また8回受賞した日本作詞大賞も最多記録。  (中略)

②1980年、半年間の休筆から復帰した阿久悠は、八代亜紀さんの歌う『雨の慕情』(作曲・浜圭介)で日本レコード大賞と日本歌謡大賞の二冠に輝き、健在ぶりを見せつけた。  だが、両賞とも、それが阿久悠にとって最後の受賞になってしまった。

③そして、1989年、それまでは常に作詞賞などなんらかの賞に輝いていた阿久悠だが、その年は十数年ぶりの無冠に終わる。  『紅白歌合戦』で歌われていた楽曲にも、阿久悠の作品はなかった。  (中略)

④(2007年8月、70歳で逝去された阿久悠さんの伊豆の自宅を、重松清さんが逝去後訪問した際に)ご家族の許可を得て、その書斎にある原稿や資料類を整理していたら、雑誌記事の切り抜きが大量に入った書類封筒を見つけた。  切り抜きはすべて、歌詞だった。  (中略)

⑤中森明菜、小泉今日子、近藤雅彦、光GENJI、少年隊、森高千里、Wink・・・1989年のヒット曲がほとんどだった。  ただし、その中に、阿久悠作詞のものは一切ない。  (中略)

⑥時代を映すキーワードを探していたのか、ヒットの秘密を分析していたのか、「なぜこんな詞が売れるんだ」と首をかしげていたのか、負けじ魂をかきたてていたのか、若い才能に危機感を抱いたのか、逆に安堵感を覚えたのか、歌謡界に失望したのか、希望の光を見つけたのか・・・・・・。  (中略)

⑦現役だった、最後の最後まで、阿久悠は現役の作詞家であり、作家だった。  現役のハードルは、ヒット曲や連載小説の多寡で決まるのではない。  「本気」をどこまで持ちつづけているか・・・その意味では、やはり、阿久悠はどこまでも現役でありつづけたのだ。』

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