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アダム・スミス『見えざる手』

1.学生時代に、経済学の講義でアダム・スミスの「見えざる手」について話を聴きました。  経済辞典(有斐閣)には「各個人がそれぞれの私的利益を追求するならば結局は社会全体の利益をもたらすことになる場合の、その背後に作用している力のこと。」と出ています。

2.11月7日の朝日新聞夕刊に『「自由競争」に誤解あり』というタイトルで、経済学者の水田洋先生に対するインタビュー記事が掲載されていました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①(「なぜ、今、アダム・スミスなのでしょうか?」と聞かれて)規制緩和の狂乱から、市場経済の「原点」に立ち返ることによって、今の時代を考える手がかりを探しているのだと思います。  経済の発展が行き過ぎたと、多くの人は考えている。

②アダム・スミスについて大きな誤解があって、彼は『国富論』でも「もうかるなら、何をやってもいい」というようなことは言っていないのです。

③彼の言う「自由競争」とは、人がそれぞれの利益を求めているなかで、お互いに「同感」でき、納得できる程度に、自主規制をするような状況を指しています。

④彼は、富や地位がその人に普遍的な幸福を与える、とは述べていません。  むしろ、富と権力にあこがれるのは、道徳感情の腐敗だとさえ言っています。

⑤『道徳感情論』には、ある王様が様々な征服計画を語り、征服後に一番したいことは「友人たちと楽しみ、一本の酒で楽しくつきあうことだ」と話したところ、寵臣(ちょうしん・・・気に入りの家来のこと)が「陛下が今そうなさることを、一体、何が妨げているのでしょうか」と返した話が出てきます。  ここにも、彼の考え方の一端が示されていると思います。

⑥たとえば多くの人は現状に満足せず、限りなく富を求めて幸福になろうとする。  でも実際にはそれだけでは幸福になれない。  そこで彼は、このような幸福を求めての富の追及を、自然が人間をだましているのだと言い、皮肉なことに、このだましが経済を発展させるのだと言っているのです。

⑦彼の言う幸福は、(1)健康で、(2)負債がなく、(3)良心がやましくない、ところにありますが、それらは日常生活で相互に同感できる自由競争の中にある。

⑧相互に同感できる競争とは平等でなければなりません。  そのためには、様々な不平等を取り除かなければならない。  この点でアダム・スミスは決して自由放任ではないといえるでしょう。』

3.記事の前文として、インタビュアーの宮代栄一さんが書かれた部分も全文紹介します。

『不況になると、アダム・スミス(1723~90)が再評価されるらしい。  経済学の古典『国富論』で知られる自由競争の提唱者の本旨は、他者との「同感」に裏打ちされた道徳哲学にあった。  そう説くのは、アダム・スミス研究の第一人者の水田洋さん(90)。  経済至上の今だからこそ、自由のカタチを見つめ直してみたい。』




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