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谷川永世名人・加藤元名人・井山名人

最近の新聞記事から抜粋し、番号を付けて紹介します。

1.将棋十七世名人・谷川浩司さん(12月18日・日経新聞夕刊)

『①1983年、21歳で名人位に挑んだ際、大先輩の灘蓮照(なだ・れんしょう)九段にかけてもらった言葉が、今も勝負のたびに頭に浮かびます。  「谷川、弱かったら負けたらいいんや」

②名人戦は4勝先取制で、挑戦者の私は「神武以来の天才」と恐れられた加藤一二三(かとう・ひふみ)名人に3連勝した後、2連敗しました。  どうやってあと1勝するか、迷いながら対局後の打ち上げに出たところ、灘先生が「話がある」と寄ってきて、助言をくれたのです。  (中略)

③その場ではアドバイスを理解できませんでした。  やがて、私が勝ちを意識しすぎている、無駄な気負いがある、と指摘してくれたのだと気付きました。  (中略)  このおかげか第6局は集中して臨め、勝利。  名人位を獲得しました。』

2.(谷川さんが対戦した)元将棋名人・加藤一二三さん(12月19日・日経新聞夕刊)

『①20歳だった1960年の第19期名人戦七番勝負で大山康晴名人に初挑戦しました。  まだ安定した実力もなく、未熟で、勢いで挑戦したところがありました。  結果は1勝4敗で負け。  (中略)

②成績が悪かったわけではないのですが、その後はしばらくタイトルに挑戦できず、行き詰まりました。  どういう態度で将棋を指せばいいか迷い、確信がもてない時期が続きました。

③そして大山名人や升田幸三・実力制第四代名人と対局を重ねるうちに、将棋は一手一手確実な手を指し続ければ勝てるという考えにたどり着きました。  24歳の時です。』

3.囲碁名人・井山裕太さん(12月19日・朝日新聞夕刊)

『①(小学1年生の井山さんが弟子入りした石井邦生九段の話)「小さいのに甘いものが全然だめな裕太君は、私たち(石井九段と井山さんの祖父・鐡文さん)の酒のつまみを食べながら、じっと座って、囲碁界の話題とか戦術とか、ふたりが好きな歴史上の人物の話を興味深そうに聞いていました」

②(井山さんの母・宏美さんの話)「裕太に言い聞かせていたのは、大人の方々にお会いする機会が多いから、あいさつだけはしっかりするように、と」』

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