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マギー司郎さん『今月も暮らせてよかった』

『ブレイクの「瞬間(とき)」』(R25編集部編 日本経済新聞社刊)を読みました。  マジシャンのマギー司郎さんへのインタビュー(タイトルは「今月も暮らせてよかった」)記事から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①「心配性なんですよね。  仕事のときは、普通の人よりもすごく早く現場に行くんですよ。  ひどいときには4時間前とか。  早すぎて楽屋が空いていないこともあるけど、そういうときは現場の近くまで行ってひたすらぼんやり時間をつぶしてるんです。  〝早めに行く〟なんて、そんなに大した努力でもないでしょ。  僕には他に何もないから、せめてそこはちゃんとしたい」

②(1946年茨城県生まれ。)  中学を卒業後、16歳で家出。  東京のキャバレーに住み込みで職を得て、同時に趣味でマジックを始める。  師匠のマギー信沢に付くのが19歳。  自ら電話帳で見つけたプロダクションに所属して、プロの道に入るのが20歳。

③(プロダクションからの初仕事はストリップ劇場)  決心というより、やはりここでも流れのままに。  こんなふうに始まり、その後、ストリップ劇場でのステージは約15年間、2万回におよぶ。  1日4回、土・日は6回。  大晦日も元旦も休みなし。  3年間休みなしで働いたこともあった。  そして思った・・・。  「ああ、今月も暮らせてよかったな」

④マギー司郎は、手先が少し不器用という意外は普通のマジシャンだった。  が、変化は緩やかに訪れる。

⑤マギー司郎いわく、最初にウケたのは、32歳のとき。  その2年後、知り合いの芸能事務所のツテで『お笑いスター誕生』に出演する。  18歳のとんねるずが挑戦し、ウッチャンナンチャンがグランプリを獲った勝ち抜き形式のテレビ番組だ。

⑥「テレビなんて初めてで。  出て行って普通にしゃべってたらみんな笑うんです。  僕の後ろに誰かが立ってて、僕がしゃべってるあいだに何かしてるとばっかり思ってました(笑)」

⑦「茨城県の○○市でウケたネタなんだけどね」・・・インチキを交えつつ、謝りながらやるマジックのスタイルは斬新だった。  世間の腰を砕けさせ、マギー司郎は7週を勝ち抜いた。

⑧「芸事って、算数ではないんです。  〝これが芸だ〟という最終的な回答がない。  それを一生探りながら終わっちゃうんでしょうね。  だから到達するということはないと思うんです。  そんなことを考えてると自信なんて持てない。」  

⑨「いずれにせよ生きていかなきゃならないでしょ。  とにかく普通に生きられて、人に迷惑をかけなかったらいいな~という感じですよね。  誉められればうれしいし、おいしいものを食べられればおいしいんだけど。  僕は自然のまま任せて行っちゃうんで、たぶん疲れないんですよね。  性格なのかもしれないけど、〝絶対こうしたい〟とかは、あまりないんですよ~」』

明日は天皇誕生日ですね。  よい休日を!

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