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大谷光真門主『愚の力』

大谷光真・浄土真宗本願寺派24代門主が書かれた『愚の力』(文春新書)を読みました。  『日の光の中のほこり』の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①宗教的な喜びといっても人さまざまです。  私は世の中がパッと明るくなるような喜びの感覚はもてません。  しかし、今まで知らないできた人生を気づかせてもらったと感じることがあります。

②それは必ずしも華々しい喜びの体験というわけではありません。  もっとしみじみとにじみ出てくるものです。  

③華々しい体験ができればそれはそれで素晴らしいと思うのですが、そうならないからといって信心がないということにはなりません。  譬(たと)えていえば、カーテンを閉めているときには暗くて気づかなかったほこりに、カーテンを開けて日の光によって気づかされるようなものです。

④いくら探し求めても、自分一人の力だけでは気づくのは難しい。  気づくというよりも、気づかされる。  この「受動態である」という点が大事です。

⑤生きていること自体がいただきものと気づかされるのです。  そのためには、人間は死ぬものだという有限性の自覚が大事です。

⑥現代人は人生とは自分の努力の結晶だと思っています。  子どもの頃から努力しなさいと言われて育っているので、成果はすべて自分の努力のおかげだと思いがちです。  しかしそれは一人合点です。  そうではなくて、何事も「~される」という視点が大切なのです。

⑦気づかされ、生かされる。  いただきものである自分であることから凡夫の自覚も出てきます。』

日曜日は審査会です。  よい週末を。

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