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内田樹先生『危険を回避する』

『邪悪なものの鎮め方』(内田樹著 バジリコ刊)を読みました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①いつも言っている例であるが、ライオンと出会ってから走って逃げ切る走力を身につけるよりは、数キロ手前で「なんか、あっちの方にゆくと『いやなこと』がありそうな気がする」という「ざわざわ感」を感知する能力を身につける方がずっと効率的である。

②私たちの生存にとって、「危険なもの」はごく微細であれ「危険オーラ」の波動を発信している。  危険を回避し、生存戦略上有利な資源の方にひきつけられる趨向(すうこう・・・物事がある方向に向かっていること)性を持つもののことを「生物」と呼ぶのである。

③私たちは生物であるから、危険をもたらすものは回避し、利益をもたらすものには惹きつけられる。  安全な社会では、「利益をもたらすもの」に対する嗅覚は敏感になるが、「危険をもたらすもの」に対するアラ-ムは鈍麻(どんま・・・にぶって感覚がなくなること)する。

④新聞を開くと、政治家の資金管理団体の「記載ミス」の記事が出ている。  私が驚くのは政治家の「危険に対する警戒心のなさ」である。

⑤「みんながやっている」ということと「非合法である」ということは次元の違う話である。  高速道路のスピードオーバーでパトカーにつかまったときに「他の車もみんな100キロで走っているじゃないか」と言ってもしかたがない。

⑥「なるほどそうだね。  他の車もスピード違反しているのに、君だけから罰金を取るのはアンフェア(unfair・・・不公平)だよね」と言って放免してくれた警官に私はこれまで会ったことがない。

⑦そのロジック(logic・・・論理)を許したら、「検挙されていない殺人犯がたくさんいるのだから、私だけを逮捕、起訴するのはアンフェアだ」という殺人犯の言い分にも耳を傾けなくてはならなくなるからである。

⑧「みんながやっている非合法は合法である」というつごうのよい解釈は「危険」よりも「利益」を優先させる思考が落ち込むピットフォール(pitfall・・・落とし穴)である。

⑨政治家たちのこの「ワキの甘さ」は、「わずかな利益のために致死的な危険を冒す」ことにほとんど心理的抵抗を感じない現代日本人の全体的趨勢(すうせい・・・②の趨向と同じ)を表している。』

智ちゃん、昨日の話の中身を書いたよ。  内輪ネタです(笑)。

明日は都合によりブログをお休みさせていただきます。

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