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内田樹先生『運のいい人』

一昨日に続き内田樹先生の本からです。  釈徹宗先生とのかけあい講義録をもとにした『現代霊性論』(講談社)を読みました。  「運」に関する内田先生の発言から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『1.①麻雀もそうかもしれないですね。  ツキが回ってくると、「こんなところで運を使い果たしてどうする」って言いますからね。  人間が生涯に使えるツキの総量は決まっているとどこかで考えているんでしょうね。

②実は、25年前に一度麻雀を止めたことがあるんです。  何で急に止めたかというと、止める直前に異常なツキが回ってきたからなんです。  たしか半荘(はんちゃん)16連勝という記録だったと思います。

③そのときにふっと、今日で麻雀を止めようと思った。  負けて止めたんじゃなくて、勝ち過ぎて止めたんです。  これは何か不吉なことが起こる前兆じゃないかと思って。


2.①ツキって平均的に来ることはない。  いいことは集中的に来るし、悪いことも集中的に来る。  いいときに図に乗って生きていると、ある日どかんと不運に遭遇する。

②集団の中で誰か一人に運不運が集まることもあるし、一人の人間でも、一時期に集中的にいいことが起こり、一時的に集中的に悪いことが起こる。

③集中的に運がよいときに、どうやって広げた店を畳んで、潮目の変わる前に逃げ出すか。  その見きわめってほんとうに難しいです。

④だから僕はギャンブルを一切やらないんです。  競馬とか競輪とか、もし勝って運を使ったらイヤだから。


3.①「運がいい人」というのは、周りからは「選択するときにいつも正しいほうを選ぶ人」というふうに見えているんだと思います。  でも、そうじゃない。  「運がいい人」っていうのは選択しない人なんです。

②分かれ道に至って、「さて、どちらの道を進んだものか」と自問する人は、その時点ですでにかなり運に見放されている。  というのは「運がいい人」の眼には道は一本しか見えていないから。

③「二つある」というのは実は周りの人がそう思い込んでいるだけで、ほんとうは三つあるかもしれないし、百あるのかもしれない。  でも「運のいい人」は自分が進むべき一本の道しか見えない。

④だから逡巡(しゅんじゅん・・・ぐずぐずすること)しないし、迷わない以上決断するということもない。  そうですよね。  「決断」というのは、逡巡の末下す判断のことですから。

⑤「運のいい人」は進むべき道がわかるんです。  だから、どこをどう通っていってもトラブルに巻き込まれることがない。』

よい週末を。

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