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イエス・キリストと吉田松陰

1.昨年の10月6日のブログ(タイトルは『照千里 守一隅』)の中で行徳哲男先生の次のような文章を紹介しました。

『カントは死ぬまで我が街から一歩も出でず。  キリストの布教は僅か五哩(マイル・・・約1609メートル)四方。  然し二人は人類を永遠に照らす深い真実を遺した。』


2.『聖書に隠された成功法則』(松島修著 サンマーク出版)を読みました。  『聖書の教えを広める「仕組み」を作ったイエス・キリスト』の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①聖書に登場するイエスは、大群衆に向けてメッセージや奇跡を行うこともありましたが、そのエナジーのほとんどは、たった12人の側近の弟子たちを育てることに費やされました。

②イエスが数々の奇跡を行い、人々に聖書に書かれた神の国を伝えた期間はわずか3年半です。  つまり、イエスはその権威や能力に比べて、じつに小さなことだけに集中して力を注いだということです。

③大きなことをすれば大きな結果を得られる、と私たちは考えがちですが、それは神の国の戦略ではありません。  いや、むしろできるだけ小さなところにリソース(原資)を集約し、一つひとつの成果を順に上げていくときに、神の祝福があり、爆発的なプロモーション(昇進)が待ち受けているのです。

④聖書を読むと、イエスはそのミッション(使命)のクライマックスで十字架につき、死んで、葬られて、そして蘇(よみがえ)ります。  そしてその後の働きを弟子たちに託して天に昇っていきます。  すると普通の人たちであった12弟子たちがいっきに目覚め、活躍し始め、彼らの集まりは急速に3000人、5000人と増えていきます。

⑤これは自分がいなくても、聖書が広まる仕組みを3年半で作り上げたことになります。  そして、12人の弟子からさらに、弟子を養成していくことで、効率よく聖書が広がることになりました。』

読み始めてから気づいたのですが、著者の松島さんは旧知の方でした。  本書が縁で今週の水曜日にお目にかかることになりました。  12年ぶりです。


3.2.の文章を読んで吉田松陰が思い浮かびました。  インターネットで検索した『吉田松陰.com』から抜粋し、番号を付けて紹介します。  

『①松陰が松下村塾で塾生たちの指導に当たった期間は、安政3年(1856年)8月から安政5年(1858年)12月までのわずか2年余りに過ぎない。

②松陰の教育を受けた門下生達は、後に京都で志士として活動した者や、明治維新で新政府に関わる者など幕末・明治において大きな活躍を果たすことになる。  久坂玄瑞、高杉晋作、吉田稔麿、入江九一、伊藤博文、山県有朋、前原一誠、品川弥二郎、山田顕義、野村靖など枚挙に暇がない。』

今月の29・30日に山口に行きます。  30日の『山口支部長承継式』に出席するのですが、29日は河岡師範に萩の松下村塾を案内していただく予定です。


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