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司馬遼太郎先生『高杉晋作』

昨日と同じく『世に棲む日々』(司馬遼太郎著 文春文庫)からの引用で高杉晋作の人物像を探ってみます。

『1.①晋作ほど、自分自身に不満を持っている男もいなかったであろう。  不満の第一は、自分が生涯賭けてもいいほどに好きなものをもってうまれてこなかったことである。

②できれば剣客になりたいとおもって身をいれてみたが、しかしその腕は(長州藩の)明倫館の百人程度のなかまのなかでぬきんでている程度。

③晋作の才能のなかで、巍然(ぎぜん・・・高くそびえ立つさま)として諸人の水準をぬきんでているのは、詩文であろう。  しかし一芸をみがくという痴呆(こけ)の一念のようなものにこの若者は欠けている。

④ときに評論も書くが、その評論というのは論旨こそ警抜で鋭利であっても、師の吉田松陰のような論理の構築ができない。

⑤そのくせ、晋作はまぎれもない天才なのである。  それはかれ自身も、うすうす気づいている。  しかし、なんの天才なのかということになると、彼自身も見当がつかない。  それが晋作の焦燥(しょうそう)であり、なにをやればいいのかわからないという「天才」なのである。


2.①「なるほど」  晋作は、さからわなかった。  かれはその生涯で一度といえども他人を説得したことがない。  相手に気がなければそれでしまいさ、とつねにあっさり割りきっている。

②それに、藩論が佐幕に傾いた以上、いまさら200人で決起したところでひとびとはついてくるまい、とも思っている。  その点、山県(有朋)と同意見なのである。

③ただ山県が、「死物狂(しにものぐる)いでやってみましょう。」と気を動かせば、その気をひっさらって雲をよび、雷電を鳴動させてみるつもりはあった。  が、あきらめた。



3.①晋作ほど、他藩の連中に会いたがらない男もめずらしかった。  幕末の奔走家の最大の快事のひとつは他藩の士と交際し、友を得ることであった。

②晋作は固陋(ころう)なほどに長州至上主義であり、「他藩の連中につき合ってなにになるか」と、たかだかと高言していた。

③長州の富力と武力が充実すれば、他藩の士は山口や下関にやってきて腰をまげ、物を乞おうとするのである。  逆に長州の力が備わらねば、かれらは決してやって来ない。

④要は、彼の大好きな言葉である「長州大割拠」という理想の実現にあり、それが実現するまで、他藩の士に無用のサービスをする必要はない、というものであった。』

1~3以外にも、さまざまな逸話が本書に書かれています。  私にとって高杉晋作は幕末の志士の中でもっとも興味深い人物です。

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