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村松友視さん『大人の達人』

『大人の達人』(村松友視著 潮出版社)を読みました。  『第13章 ローマのバーで会った男の謎かけ』から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①ある年の夏、私はカメラマン、女性編集者とともにローマのバーにいた。  私たちは、そのあとのシチリアの旅に思いを馳(は)せ、あれこれと喋(しゃべ)り合っていた。  

②カウンターの隅に、サングラスをかけ白い麻のスーツの皺(しわ)に渋味をきかせ、突き出た腹をベルトで持ち上げた感じの中年男が、ひとりでマルガリータをちびりちびりやっていた。

③「あんた方、これからシチリアへ行くのかね」  私にも分かるような英語で、男は話しかけてきた。  「ええ、これからシチリア一周の旅をしようと思っています」

④男は、私の目を深くのぞき込むような表情になり、「ところで、イタリアのシチリア島に関する神様へのお願いというジョークがあってね。  それ、聞いてみたい?」  そう言って、全身でいたずらっぽさを表した。

⑤「ぜひ聞かせてください」  「それじゃ、話してあげよう。  まずシチリア島を海に沈めてほしい」  「それが、第一のお願いなんですか」  「さよう。  シチリア島が海に沈むとどうなるかね?」  「シチリア島の人がすべて死んでしまいますね」  「そして同時にシチリア島にいるマフィアもすべて死んでしまう」

⑥「で、二つ目のお願いは何か。  いったん沈めたシチリア島を、も一度浮かび上がらせてほしい」  「・・・・・・」  「そうすると、世界中のマフィアがそこで死んだマフィアの葬式のためにシチリア島へ集まってくる」  「はあ、そういうことはあり得ますよね」  「シチリア島では、盛大な葬式が行われるだろうね、目に浮かぶようだ」  「何となく、想像できます」  

⑦「で、三つ目のお願いなんだが、今度は答えが分かるだろう」  「さあ・・・・・・」  「三つ目は、盛大な葬式の最中に、再びシチリア島を海に沈めてほしい」  「はあ・・・・・・」  「そうすれば、葬式に集まった連中がすべて死んでしまう。  するとどうなるかな」  「つまり、世界中のマフィアが死に絶えて、この世にマフィアがいなくなってしまうっていうことなんですかね」  「その通り」

⑧帰りがけに、私はふと気づいたように男を振りかえり「ところで、あなたはイタリアのどの地方の出身なんですか」と言った。  〝三つのお願い〟のジョークが、平均的イタリア人のセンスなのか、知識人好みの角度なのか、反マフィア感が強いタイプの構えなのか・・・・・・三人でそんなことを話し合ったところからみちびき出された興味にちがいなかった。

⑨男は、太い指をグラスから外し、広い背中をゆっくり回してふり返ると、濃いサングラスの奥から三人の目を交互にのぞき込み、「わたしの故郷かね?  もちろんシチリア島だよ」と言った。

⑩私たちは、凍りついたようになって茫然(ぼうぜん)とその場に立ちつくして見せた。  それは、男の歓迎の儀式が、そこまで周到に用意されていたことに対する、私たちなりの芝居だった。  そして私たちは、男のジョークをBGMに、翌日からの五日間の、マフィアの故郷たるシチリアの旅を満喫したのだった。』

明け方のサッカー観戦で若干寝不足です。  よい週末を!

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