PREV | PAGE-SELECT | NEXT

横尾忠則さん『猫背の目線』

美術家の横尾忠則さんが書かれた『猫背の目線』(日経プレミアシリーズ)を読みました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①この間イチローが張本勲の3085本安打の日本新記録に並んだ時の話である。  ぼくはこの試合を夜のテレビのダイジェスト版で途中から見た。

②さてぼくがここで語りたいことはイチローのことではない。  テレビの画面を見ていたぼくは思わず自分の目を疑った。  というのはホームランを打って一塁に走るイチローの背番号が「51」ではないことに気づいた。  なんとイチローは「42」をつけているではないか。

③ところで次のバッターを迎えた時、相手ピッチャーの背番号も「42」だ。  これは偶然だと思った。  ところが次の二番バッターも「42」である。  同じチームに同じ背番号をつけた選手がいるはずがない。  「ワカラン?」  

④気がつくと敵も味方も全員が「42」だ。  「これって一体何?  何が起こっているのだ!」。  ところがアナウンサーは「42」について一言もコメントをしてくれない。  同じ背番号にするぐらいはコンピューター操作で簡単にできるが。

⑤イヤッ、それともぼくの体調に変調をきたした結果おかしくなって、それが精神に影響を与え、あんなふうに見えているのかも知れない。  きっと脳梗塞になったのだ。  二階で寝ている妻を起こして救急車を呼ぶ必要がある。

⑥だけどその前に彼女にこのテレビ画面を見せて全員が「42」かどうか確認を取る必要がある。  だが待てよ、もし彼女がそれぞれの選手がそれぞれの背番号をつけているわよ、と言いかねない。  だから妻を呼ぶのは止めよう。  それよりも画面を消して一刻も早く眠ることが先決だ。

⑦(翌朝)目が覚めてからフト思った。  (昨夜はめずらしく)瞬時に眠ったというのは錯覚で、本当は眠ったのではなく恐怖のために気絶したに違いない。  とにかく朝刊を見る必要がある。  スポーツ欄を開いても「42」はどこにも話題になっていない。

⑧あれは夢だったのか。  確か起きていたと思ったけれどももし夢なら別に気が狂ったわけでも病気になったわけでもない。  ヤレヤレ。

⑨そしてベッドの中からテレビをつけた。  そこで見るイチローも相手のピッチャーも、敵味方全員が「42」だ。  昨夜の幻覚(?)が翌朝まで続いているのだろうか?

⑩と思っていたらテレビの司会者が「42」の説明をし始めた。  大リーグに初めて黒人の選手が登録され出場したその日を記念してジャッキー・ロビンソンの背番号「42」をこの日は各チームの選手が全員つけて試合を行ったことがやっとわかった。  ああ、やれやれもう少しで病院に入るところだった。』

TOP↑

PREV | PAGE-SELECT | NEXT