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小林正観先生『名前の法則』

『啼(な)かなくていいホトトギス』(小林正観著 中経出版刊)を読みました。  『名前の法則』の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①人間がこの世に生を受けたことにそれぞれの役割があるらしい、という話をしたいと思います。  どうも人間にはそれぞれの役割があるらしいのですが、それは名前の中に隠れているようです。

②たとえば、小林正観(コバヤシセイカン)というカタカナで書いて8文字、濁音を入れて9文字の文字があります。  これを組み替えてみます。  いくつかの文章が出てくるのですが、そのうちの1つは「個性は感謝」(コセイハカンシャ)というものになりました。

③私は20年ほど前から、「どうも『ありがとう、ありがとう』を言っていれば宇宙が味方についてくれるようだ。  その結果としてまわりがとてもおもしろい状況になるようだ」という話をしてきました。  感謝の心、ありがとうという言葉がとても大事みたいだということを、ずっと話をしてきたのです。

④アナグラムといって文字の組み替えのことを言うのですが、私が発見したというか、気がついたアナグラム、日本語のアナグラムは、小文字は大文字で使ってもよい。  「しゃ」という文字は「し」と「や」に置き換えてもいいという、そういうような原則でした。

⑤それから、濁音は使っても使わなくてもよい、というものでした。  たとえば、「だ」という音は「た」という音に置き換えてもよしです。

⑥言葉としては現代のはやり言葉のような流行語のようなものは、基本的に出てきません。  むしろ、古語が使われている場合が多いように思いました。  今日というのを古語では「けふ」と書くわけですが、このような言葉で出てくる場合もありました。

⑦頼まれ事をしていく。  その頼まれ事がずっと同じような方向性で続く。  そういう頼まれ事をああじゃこうじゃ言わずに黙ってやっていると、3年ぐらいたったところで、自分の名前の中に存在する文章に気がつくようです。

⑧「なぜかやる羽目になってしょうがないなあ」と言いながら、それも嫌がらずに、愚痴を言わずに、泣き言を言わずにやっていく。  それを繰り返していくと、結局、ある役割なりを持って社会に参加していることに気がつきます。

⑨ですから、頼まれていない。  あるいはそれをまだ続けていない。  ときによっては、これが好きだ嫌いだを言ってより分けている。  そういうことを繰り返しているうちは、名前の中に自分の隠されている方向性、方向付けというものは見えてこないのかもしれません。

⑩このことがわかってしまうと、人間の人生というものは自分の頑張りや努力で決めているんではなさそうだ、という結論にもなってしまうのです。

⑪どうも生まれながらにして決まっているらしい。  そして、そういう名前である。  そういう名字である。  そういうことも全部決めて、その家に生まれ、親に自分の名前を付けさせて生まれてくるらしい、ということがわかりました。』

山田雅稔(ヤマダマサトシ)を組み替えた文章の1つは「大和魂さ」(ヤマトダマシサ)です。  極真空手に関わってきたことと関係あるのかな~?(笑)

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