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初代横綱若乃花死去

私の人生で最初のヒーローは若乃花です。  小学校一年生の時に読んだ漫画『西遊記』の孫悟空のせりふに「おいらは強い若乃花と相撲がとりたい」とあったことが思い出されます。  その若乃花が9月1日に亡くなりました。  今朝の朝日新聞の『天声人語』から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①1934(昭和9)年の秋、関西で3千人の命を奪った室戸台風は東北に再上陸し、青森のリンゴ農家を打ちのめした。  土地に見切りをつけ、その一家が北海道に渡らなければ、戦後の大相撲は何人かの看板力士を欠いたはずだ。

②82歳で逝った名横綱、初代若乃花の花田勝治さんは、両親が出直した室蘭で長男として大家族を支えた。  200キロの鉱石を天秤棒(てんびんぼう)で担ぎ、岸壁と船を結ぶ板の上を運ぶ毎日。  荷役で鍛えた体は近辺の村相撲を席巻し、東京に聞こえるまでになる。

③入門は18歳と遅かった。  北の大地では、稼ぎ手を送り出した親と弟妹たちが出世を待っている。  戦後の食糧難の中、空腹に耐えて滝の汗を流したのは、関取になるまで帰らないと決めていたためだ。

④美しい土俵だった。  軽量ながら、全身これ筋肉。  上体の動きに連動して、太ももからふくらはぎに彫刻のような陰影が走った。  「栃若時代」はテレビの普及期に重なり、スピード感あふれる技の出し合いが相撲ファンのすそ野を広げた。

⑤22歳下の弟は名大関貴ノ花、その息子の若貴兄弟はそろって綱を張った。  青森から北海道を経て、花田家は両国に太い根を下ろす。

⑥数々の逆境を乗り越えた「鬼」にも「胸にうずき続ける痛切な傷痕(きずあと)」があった。  綱とりの場所、煮えるちゃんこ鍋に落ち、4歳で亡くなった長男勝男ちゃんのことだ。  角界の現状を栃錦と嘆く前に、時を忘れて抱きしめているだろう。  間もなく命日である。』

9月に入っても暑い日が続いています。  よい週末を。

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