PREV | PAGE-SELECT | NEXT

残っていた留守番メッセージ

昨日配信された公認会計士・藤間秋男先生のメルマガ『今週の元気が出る言葉』から抜粋し、番号を付けて紹介します。  タイトルは『残っていた留守番メッセージ』 (てっぺん大嶋啓介の【夢エール】より)です。

『①私が結婚を母に報告した時、ありったけの祝福の言葉を言い終わった母は、私の手を握りまっすぐ目をみつめてこう言った。  「私にとって、濡は本当の娘だからね」

②ドキリとした。  母と私の血がつながっていないことは、父が再婚してからの18年間、互いに触れていなかった。  再婚当時幼かった私にとって「母」の記憶は「今の母」だけで、『義理』という意識は私にはなかった。

③気になってはいてもそのことを口に出した途端、互いがそれを意識してちぐはぐな関係になってしまいそうで、聞き出す勇気は私にはなかった。  だから、母の突然でまっすぐな言葉に私は驚き、すぐに何かをいう事ができなかったのだ。

④母は私の返事を待たずに「今日の晩御飯、張り切らなくちゃだめね」と言い台所に向かった。  私はその後姿を見て、自分がタイミングを逃したことに気がついた。  そして、「私もだよ、お母さん」すぐそう言えば良かったと後悔した。

⑤結婚式当日、母はいつも通りの母だった。  対する私は、言いそびれた言葉をいつ言うべきかを考えていて、少しよそよそしかった。

⑥式は順調に進み、ボロボロ泣いている父の横にいる、母のスピーチとなった。  母は何かを準備していたらしく、司会者の人にマイクを通さず何かを喋り、マイクを通して「お願いします」と言った。  すると母は喋っていないのに、会場のスピーカーから誰かの声が聞こえた。

⑦「もしもし、お母さん。  看護婦さんがテレホンカードでしてくれたの。  お母さんに会いたい。  お母さんどこ?  澪を迎えに来て。  澪ね、今日お母さんが来ると思って折り紙をね…」  そこで声はピーっという音に遮られた。

⑧「以上の録音を消去する場合は9を…」と式場に響く中、私の頭の中に昔の記憶が流水のごとくなだれ込んできた。  車にはねられ、軽く頭を縫った小学校2年生の私。  病院に数週間入院することになり、母に会えなくて、夜も怖くて泣いていた私。  看護婦さんに駄々をこねて、病院内の公衆電話から自宅に電話してもらった私。  この電話の後、面会時間ギリギリ頃に母が息を切らして会いに来てくれた。

⑨シーンと静まりかえる式場で、母は私が結婚報告したのを聞いた時と同じ表情で、まっすぐ前を見つめながら話し始めた。  「私が夫と結婚を決めたとき、互いの両親から大反対されました。  すでに夫には2歳の娘がいたからです。  それでも私たちは結婚をしました。  娘が7歳になり、私はこのままこの子の母としてやっていける、そう確信し自信をつけた時、油断が生まれてしまいました。  私の不注意で娘は事故にあい、入院することになってしまったのです。」

⑩あの事故は、母と一緒にいるときに私が勝手に道路に飛び出しただけで、決して母のせいではなかった。  「私は自分を責めました。そしてこんな母親失格の私が、娘のそばにいてはいけないと思うようになり、娘の病院に段々足を運ばなくなっていったのです。   今思えば、逆の行動をとるべきですよね。」

⑪「そんなとき、パートから帰った私を待っていたのは、娘からのこの留守番電話のメッセージでした。  私は『もしもし、お母さん』このフレーズを何度もリピートして聞きました。  その言葉は、母親として側にいても良い、娘がそう言ってくれているような気がしたのです。」

⑫初めて見る母の泣き顔は、ぼやけてはっきりと見えなかった。  「ありがとう、濡」  隣にいる父は、少しぽかんとしながらも、泣きながら母を見ていた。  きっと、母がそんなことを考えているなんて知らなかったのだろう。  私も知らなかった。

⑬司会者が私にマイクを回した。  事故は母が悪いわけじゃないことなど、言いたいことはたくさんあったけれど、泣き声で苦しい私は、言いそびれた一番大事な言葉だけを伝えた。

「私もだよ、お母さん。  ありがとう」』

よい週末を。

TOP↑

PREV | PAGE-SELECT | NEXT