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なぜ広島と長崎に

『知っておきたいアメリカ意外史』(杉田米行著 集英社新書)を読みました。  『投下候補地はどう決まったのか?』の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①1945年4月27日・・・原爆投下候補地として、広島、八幡、横浜、東京、東京湾、川崎、名古屋、大阪、神戸、京都、呉、小倉、下関、山口、熊本、福岡、長崎、佐世保の名前が挙げられ、検討が始まった。

②5月10・11日・・・選定基準として次の3つの条件が掲げられた。

・直径3マイル(約4.83km)以上の都市

・爆風によって効果的なダメージを与えることが可能な地域。  つまり、山や丘などに囲まれていたり、周辺に破壊の対象となる物が広い範囲にわたって広がっている地域。

・8月までの空襲予定地に入っていない場所

優先度でA以上になった京都、広島、横浜、小倉の4都市が候補、新潟が予備候補となった。

③5月28日・・・第1候補に京都、第2候補に広島が選定された。  

④(しかし、陸軍長官のスティムソンが京都への投下に反対すると、大統領の)トルーマンも了解し、京都のかわりに小倉と長崎の2都市が候補地になった。

⑤8月6日・・・第1目標・広島、第2目標・小倉、第3目標・長崎として原爆投下指令が出た。  この日、広島は快晴で視界もよかった。  午前8時15分、原子爆弾が炸裂(さくれつ)した。

⑥8月9日・・・第1目標・小倉、第2目標・長崎として原爆投下命令が出た。  この日、小倉上空が雲で覆われ、投下することができなかった。  そのため、原爆を積んだB29は長崎に向かった。  長崎上空も雲に覆われていたが、雲の切れ間から長崎市内を目視することができた。  午前11時2分、長崎に原爆が投下された。

⑦両都市の惨状は、想像以上のものであった。  世界中が大きな衝撃を受け、これ以降、現在にいたるまで核兵器は使用されていない。』

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