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孫子『勢い』

『「孫子の兵法」がイチからわかる本』(現代ビジネス兵法研究会著 すばる舎刊)を読みました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『1.現代訳(勢篇)

①巧みに戦う有能な指揮官は、戦いの勢いによって勝利しようとし、決して兵士たちの力ばかりを頼ろうとはしない。

②兵士たちの力が十分に発揮できるように、適材適所に配備させ、軍全体の勢いのままに戦わせようとする。

③兵士たちを勢いそのままに戦わせるさまは、木や石を転がらせるようなものだ。

④木や石は、平らなところでは安定して静止しているが、不安定な場所では動き出す。

⑤四角いものなら安定しているが、丸ければ転がり始める。

⑥兵士たちを巧みに勢いづかせるためには、丸い石を高い山から転がり落とすように軍隊を戦わせる。

⑦これが、戦争における勢いというものだ。


2.源氏と平家の「勢い」

①平安時代末期の1184年、平家は勢いよく攻めてくる源氏のために、都落ちを余儀なくされます。  しかし、このまま平家も引っ込んでいるわけではありません。  

②瀬戸内海で態勢を整え、勢力を盛り返し、京の都を再び目指します。  今の神戸市あたりの一ノ谷に陣を張り、進撃の準備にとりかかります。  ここで源氏の大将、源義経はわずか70騎で、平家5万の大軍を打ち破る活躍を見せました。

③平家は鵯越(ひよどりごえ)という断崖絶壁を背景に陣取り、源氏の軍勢と対峙します。  義経は、平家軍に対峙する自軍本隊を部下に任せ、わずか70騎を率いて鵯越に立ちます。

④義経軍は、馬で駆け下りるのは不可能と思われたその崖を駆け下りて、奇襲をかけます。  不意を突かれた平家軍はパニック状態に陥り、敗走します。  (中略)

⑤見逃してはならないのが、源氏に圧倒的な「勢い」があったということです。  まだ強大な戦力を有していた平家軍ですが、敗戦に次ぐ敗戦で「勢い」を失っていたため、浮足立っていたのです。

⑥これは、富士川の戦いにも表れています。  富士川に陣取っていた平家軍ですが、そこに源氏の斥候隊(せっこうたい)、いわゆる少数の偵察隊が近寄ります。

⑦川べりに陣取っていましたが、源氏の斥候隊に驚いた水鳥がいっせいに飛び立ちます。  そのとき、平家軍は敵の襲撃と思いこみ、慌てて敗走したのです。

⑧このような状況で、ますます平家軍の勢いは失われ、源氏の勢いは増していきました。』

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