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坂本桂一さん『メタリーダ-』

『頭のいい人が儲からない理由』(坂本桂一著 講談社刊)を読みました。  『第6章 トップとリーダーは資質が違う』から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①組織が肥大化するにつれ、普通は組織の中に多様な価値のベクトルが発生してくる。  そうすると、それぞれのベクトルの下に小集団ができ、そこにもリーダーが生まれる。

②ゆえに、会社のトップというのは、社員一人ひとりというより、これら複数のリーダーを束ねるリーダーシップが要求されるのだ。  しかし、ここで多くの人は勘違いをする。  それならば各リーダーの中からもっとも優秀な人間を「全体のリーダー(メタリーダー)」にすればいいと、当然のように思ってしまうのである。

③暴走族のように、トップから末端まで価値観が均質な組織であれば、組織が大きくなっても小集団のころのリーダーシップがそのまま通用する。

④ところが、各地の暴走族が集まって大暴走族連合をつくるとき、トップに立つのはいちばん強いグループのリーダーがふさわしいかといったら、それは違う。  メタリーダーとしての能力をもった人間が上にこなければ、個性が強い各グループのリーダーたちをまとめるのはむずかしい。  腕っ節が強いだけではダメなのだ。  

⑤メタリーダーの役割というのは、リーダーたちにあの人と一緒にいると働きやすいと感じさせ、あるいは、俺が俺がと自分ひとりが頑張るより、他のリーダーと組んだほうが自分にとってメリットがあると思わせることだ。

⑥それができるのなら別に、リーダーのように切れ者である必要はないし、傍(はた)から見たら昼行灯(ひるあんどん・・・日中にともっている行灯のようにぼんやりとしている人のこと)でもまったくかまわないのである。  むしろ、どこか頼りなさそうだったり抜けていたりするくらいのほうが、仕方ないなとリーダーたちがそれをサポートしようと必死になるということだってありえるのだ。

⑦逆にリーダーとして優秀な人間というのは、すべてを自分でやろうとするから、そういう人がメタリーダーのポジションに就くと、その人の器以上に組織は伸びないことになる。  また、つねに自分が強いリーダーシップを発揮していたらその下に、リーダーは育たないのだ。

⑧戦国時代なら、秀吉や家康より、この曲者である二人をじつにうまく使いこなして天下統一の礎を築いた織田信長が、最強のメタリーダーだと私は思っている。  幕末なら坂本龍馬だろう。

⑨彼らメタリーダーに共通しているのは、部下の手柄も自分の手柄も区別して考えないところだ。  だから、組織のためにこんなことが必要なんだけど、自分にはそれをやる能力がないから代わりにやってくれと平気で部下にいえるのである。  こういう人間がトップに立っている組織は強い。』

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