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素顔の安岡正篤

『素顔の安岡正篤 わが祖父との想い出の日々』(安岡定子著 PHP研究所刊)を読みました。  陽明学者・思想家の安岡正篤(やすおかまさひろ 1898年2月13日~1983年12月13日)先生は昭和天皇による終戦の玉音放送に加筆し原稿を完成させたことや、「平成」の元号の発案者として有名です。  安岡先生の著書『運命を開く』からの引用部分を抜粋し、番号を付けて紹介します。

『1.日露戦争の頃、桂太郎首相の秘書官であった中島久万吉翁の話に、当時、なにしろ皆、昂奮して何かと激論が多かった際に、桂さんや小村寿太郎(外務大臣)さんが抱き合って泣いている光景をよく見かけることがあった。  いま国事を憂えて抱き合って泣く政治家がいましょうか。


2.築地の料亭「瓢家」の女将の話。  ここの女将がなかなかの女傑でありまして、この女将が老病で重態になったということを聞いて、高橋是清さんが見舞いに行った。  すると病床の老女将、むくむくと寝床から起き上がって、

「①私はまだ若いお酌の時代で、何だか分からなかったけれども、ある晩、総理大臣をはじめ偉い方々が奥の部屋にお集まりになって、用事があったら手を叩くから、そのときは酒を持ってこいと言われて、お手が鳴ると恐る恐る銚子を運んだものです。

②そこへ貴方がおいでになって、何だか非常に真剣な、私たちでさえハラハラするような空気で、長い時間秘密のお話がありました。  やっとまたお手が鳴ったので、お銚子を持って行ったところ、皆さんが貴方に、『(アメリカ・イギリスに行って日露戦争の軍費を調達する役目を)よく引き受けてくれた』と、泣いてお礼を言っておられた。    

③何も分からなかったが、自分もその光景に非常に感動しました。  しかし、その時分に比べて、近頃の政治家たちは、ありゃ一体なんですか。  こんな政治で日本の国はもつのでしょうか。  私ゃ気がかりで仕方がない」
  

3.①こういう、国家とか、民族とか、世の中の為ということに、純潔熱烈な感情・気概が、市井の人々にも豊かにあったのが明治のよいところです。

②近来、教育ある人々は、一般に、人間の大事な機能をもっぱら知性・知能として、頭が良いということを一番の誇りに考えてきました。  そして情緒とか気概というようなものを割合に軽視しました。

③ところが、最近やっと心ある学者たちも、〈むしろ人間に大事なものは情緒である〉ということを証明するようになってきました。  〈頭が良いということより、情緒が良いということが大事である。  むしろ、優れた情緒の持ち主であってこそ本当に頭も良い〉ということを説くようになりました。』

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