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佐藤信夫コーチ『コーチ道』

3月14日から16まで日経新聞・夕刊にフィギュアスケートの佐藤信夫コーチが取り上げられていました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『1.①選手として全日本選手権10連覇、1966年に引退後、就職した。  だが、札幌五輪開催を6年後に控え、日本代表コーチに推される。  その後、会社を辞め、コーチ業に専念する。  性格同様、「嘘がなく、現実的な取り組み方をする」(娘で、94年世界選手権金メダルの佐藤有香)手法は着実に選手を生み出し続けた。

②松村充、小川勝、さらに夫妻(妻は元五輪代表選手の大川久美子)でクラスを持つようになり、有香と小塚崇彦をゼロから育てた。  2人を頼りにやって来たのは村主章枝、中野友加里、安藤美姫、荒川静香。  そして「あれだけ頼まれたら(断れない)」と今季から見るのが世界女王の浅田真央。  フィギュア史を彩る選手ばかりだ。


2.①コーチ道に秘策はない。  強いて言えば、絶えざる自己否定か。  「指導者は一貫性がないといけないといわれるけど、僕は自分のしてきたことを否定していいと思っている」。  例えば、スケートを走らせるため、かっては姿勢をピシッとすることが求められた。  だが、トーラー・クランストン(76年インスブルック五輪男子銅メダル)の登場以降、体幹部を曲げて踊って見せる滑りが、良しとされるようになった。

②昨日の主流が明日の傍流になることの連続。  「もう自分の時代は終わりかなって思ったりもするけど。  幸い、選手時代から(海外選手の)模倣で始まっているから、新しいものを取り入れることに抵抗はない」


3.①なぜ、スケートは滑るのか?  「すべてはそこから始まる。  その原点から1つのルートで(技まで)つながらなければ、どこかで技術が間違っているのでしょう」

②途中から指導を仰ぎにきた選手にも、その技術をおろそかにはさせない。  浅田真央もしかり。  「世界女王に2度もなった人(浅田)に変なこと言うと問題が起きるから、頭の中で整理して、どこから料理しようかとは考えますよ」。  やっぱり、指導は原点のスケーティング技術からだった。

③もちろん、すぐに変化は出ないし、うまくいかない時期もある。  その点、妻の久美子も(娘の)有香も、佐藤の最大のすごさにあげる「辛抱強さ」がものをいう。  とにかく観察し続ける。

④コーチの中には少しいじるだけで、選手に劇的な変化を起こす人がいる。  対照的に、階段を一段目から上がらせる佐藤には「確実に上手にするが、時間がかかる。  待てない人もいる」という声がある。

⑤だが佐藤は「僕は不器用だから。  でも選手はいつかは壁にぶつかる。  その原因を解きほぐすには振り出しに戻らないといけない。  だったら振り出しから始めた方が早いねって言うんだ」。  浅田がやってきて半年。  浅田にとっても「こうだから、こういうことするんだ」と新発見だらけだったという。


4.「不思議なことに」競技生活、コーチ人生で一度も順位を考えたことがない。  「自分が弱いからかな。  でも、3割打者でも大打者でしょう。  10回試合して3回ニコニコできればって考えている」』

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