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岡田武史サッカー日本代表前監督『選手への指示』

1.先週北京への機中で『勝負哲学』(岡田武史・羽生善治対談 サンマーク出版刊)を読みました。  羽生さんの『ハーフタイムなどにも、選手に対応策や修正点をきめこまかく指示しますか?』という質問に対する岡田前監督の答えから抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①むかしはそうでしたね。  うるさく説明していました。  でもいまは、やるべきことを簡潔に伝えるくらいで、こまかい指示は出しません。

②先回りしてあれこれ手を打ちすぎても、ろくな結果にならないことが経験上、よくわかったからです。  まだ、やられてもいないことを心配して、やられないような対策をこまかく伝えると、選手が受け身になっちゃうんですよ。

③相手がこう来るから、おまえはこうしろなんてことをいいすぎると、選手はひとつひとつの局面にネガティブにしかかかわらなくなります。  当然、チーム全体も硬直して、サッカーに大事ないきいきとした柔軟性や躍動感みたいなものを失ってしまいます。  それは私がもっとも恐れるところなんです。  (中略)

④だから、あまり先回りせず、実際に何か起こったときに手を打てばいい。  いまはそう割り切っています。  あるいはその兆しが見え始めたときに指示を出せばいいんです。

⑤それで点を取られたら、それはそれでしょうがない。  選手が身をもって気づく、そのための授業料だと考えるようにしています。  高い授業料につくこともありますが。  (中略)

⑥もちろん、ついあれこれいいたくはなりますが、そこはグッとこらえて、指示をあまり早い段階では出さず、選手がみずから気づくのをじっくりと待つんです。  いわれて気づいたのと自分の肌で知ったのとでは、理解や会得の深さがまるで異なってきますからね。  私ががまんを重視するゆえんです。』

「どこまで指示するか」というのはむずかしい問題ですね。  選手にも個性があるように、指導者にも個性があるわけで、どうしても「指導者の個性に合った指示」になりがちですが。


2.同じように「指導の際、どこまで説明するか」という問題があります。  これに関して羽生さんが本書の中で次のようにいっています。

『私の師匠は二上達也先生ですが、先生と対局したのは、入門したときとプロになったときと他にもう一回の、合計三回しかありません。  そのときも技術的な指導は一度も受けていません。  将棋の世界ではそれがふつうですし、教育というのは本来、それでいいのかもしれません。  「教えない教え」といった程度で。』

城西からわりあい早く全日本チャンピオンが出た(1983年、支部開設5年で大西靖人が優勝)のは私がその時点で知っていることをすべて説明・指導したからだと思います。  ただ、当時は大学生の入会者が多かったので卒業・就職までの2~3年間という短期間であるレベルまで引き上げる必要性があったことも事実です。


今週末から大連です。  

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