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人を選ぶ基準

1.『血族の王』(岩瀬達哉著 新潮社刊)を読みました。  パナソニックの創業者・松下幸之助さんの伝記です。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①(松下政経塾の)開塾(昭和55年4月)から数年間は、幸之助が入塾試験の最終面接官を務めるほどの熱の入れようだった。  衆議院議員を経て浜松市長に転身した鈴木康友は、第一期生として幸之助の面接をうけたひとりだ。  鈴木は言う。

②「最終の面接試験で、最後に君の方から質問はないかと問われたので、合否の基準、つまりどこを見て選ぶのですかと質問しました」。  幸之助は、嫌な顔ひとつせず、静かに答えた。

③「そりゃ君、運と愛嬌やな」

④そう言うと、鈴木の履歴書に目を落としニヤッと笑いながら「鈴木君は、なかなか運はよさそうやな」とつぶやいた。』


2.1961年4月12日、人類初の宇宙飛行は旧ソ連が行いました。  その選抜のことが8月19日の日経新聞に載っていました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①「ガガーリンは楽天的で、好奇心も旺盛だった」。  人類初の宇宙飛行。  その名誉を、終盤で6人が競った。  「決め手になったのは、やはり彼の性格」。  6人のひとりだった旧ソ連の元宇宙飛行士から以前、こんな話を聞いたことがある。』


3.もっともウィキペディアで「ユーリイ・ガガーリン」を検索すると次のように出ています。

『①ついに世界初の有人宇宙飛行が行われることが決まったとき、パイロットの候補はガガーリンとゲルマン・チトフのどちらかにしぼられた。

②二人とも訓練結果が優れていただけでなく、身長が高くなかったことが決め手となった。  なぜなら、最初期のヴォストーク宇宙船は非常に小さく、大柄な人間が乗ることは困難であったからである。

③最終選考の結果、選ばれたのはガガーリンだった。  この決定は政府の上層部によって行われたが、決め手となったのはガガーリンが労働者階級出身にあることに加え温和で社交的な性格と、「ユーリイ」というロシア的な名前、そして労働者階級出身の英雄という点を強調しやすい生い立ちにあった。』


4.私がお世話になっている麦島善光会長から人を選ぶ基準を伺ったことがあります。

『①まじめであること。

②嘘をつかないこと。

③カッコつけないこと。』


1.2.4とも同感です。  3については時代背景・社会背景がよく分からないのでノーコメントとさせてください。


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