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書き直し

1.伊勢ー白山 道さんのブログ(3月30日)より

『①修行と言いますと、滝に打たれるとか、お経を読む、瞑想するというイメージを持つことでしょう。  しかし霊的には、これらは生活が出来る・飯が食えるという大前提の上での娯楽に過ぎないのが実態です。

②社会や家庭という日常生活の中にこそ、霊的な真の厳しい修行が在ります。  これは途中で止めることも出来ない真の命懸けの修行です。

③厳しい会社の中でも働く、希望が持てない家庭でも頑張る、恋人への執着を解く、不治の病でもなんとか生きようとする、・・・・先が見えない不安な中で、それでも努力し・なんとか希望を持ち・そして結果に執着をしないという崇高な修行なのです。

④どんな人でも、今の自分の状況が修行だと思いますと、もっと頑張れる気がするでしょう。  期間限定で神様から与えられた真の修行なのです。  どんな嫌なことでも、貴重な期間限定のことです。


2.佐久間良子さんの『私の履歴書』(2月25日 日経新聞)より

『①この顔は/かなしみに堪えた顔である/くるしみに堪えた顔である/人の世の様々な批判に/じっと堪えた顔である/そして/ひとことも弁解しない顔である/  (中略)  息子よ/こんな顔で生きて欲しい/娘よ/こんな顔の若者と/めぐり逢って欲しい・・・

②これは詩人、相田みつをさんの作品「こんな顔で」の一節である。  息子の岳大が小学生の時、教科書に載っていたのを読んで感動し、書き取ったものだ。』


3.村木厚子さんの『仕事力』(3月11日 朝日新聞)より

『①初めて大きな災いに見舞われた時、人間は、この状況がいつかは終わるのだろうか、自分は頑張れるだろうか、と全く先が見えないような不安に取りつかれます。

②私も、取り調べに堪えられるのだろうか、いつまで勾留が続くのだろうか、と思いを巡らし、ひどく落ち込みもしました。

③しかし天台宗大阿闍梨・酒井雄哉さんの『一日一生』という本で救われます。  2度の千日回峰行を7年かけて成し遂げた大阿闍梨は、その偉業を「一日づつの積み重ねでしょう」とあっさり書いていらした。  「身の丈に合ったことを毎日くるくる繰り返す」とも。

④ああ、そうだなとスッと頭が切り替わった。  「いつまで続くのか」と思うのが苦しいのであって、今ここにいる自分が今日一日で出来ることをやって、その結果は結果で受け止めようと考えたらラクになりました。』


4.羽生善治さんの『3.11と私』(3月11日 日経新聞)より

『①今は予測が極めて難しい時代。  (中略)  将棋の場合、わけのわからない局面ではとんでもなく悪い手を指す可能性が高い。  だから、いい手を指すより、悪い手を指さないことが重要だ。

②また、先が見えない場面では将来にできるだけ多くの選択肢を残すことが大事。  将棋でいう「含みの多い手」が望ましい。』


5.高任和夫さんの『さらりーまん生態学』(3月28日 日経新聞夕刊)より

『どうやら人間には二種類あって、人と群れて遊ぶほうが好きなタイプと、独りで過ごすことを好むタイプとがあるようだ。  そして年齢をかさねるほど、後者の方が多くなるのではないか。』


6.三浦知良さんの『サッカー人として』(3月?日 日経新聞?)・・・日付・掲載新聞ともにメモするのを忘れました(汗)

『①成功した、結果を出せたというのは人が判断することで、自分が決めることじゃないでしょう?  試合も自分一人では勝てない。  相手があり、その日の調子、運もある。

②でも成功と成長は別だから。  成長したいという気持ちは誰にも邪魔できない。  それに自分だけでも成長はできる。

③今日負けたからダメ。  今日勝ったからOK、じゃない。  人間として成長したいから、やる。

④「成功は約束されていないが、成長は(本人次第で)約束される」。  日本代表のザッケローニ監督はいいこと言うね。』


7.樋口武男さんの『私の履歴書』(①3月1日・②3月14日 日経新聞)より

『①(大和ハウスの石橋信夫)オーナーは「樋口君、運のいい人と付き合ってくれよ。  悪い人と付き合えばこちらの運気まで落ちる」と言っていた。

②1977年、私が39歳の時だ。  (資産家の小田弥之亮)先生から「(30億円ほどの)全資産を預けるから会社を興してはどうですか」と勧められた。  (中略)  小田先生に「そこまで言っていただいて光栄です。  しかしお世話になった会社に後ろ足で砂をかけるようなまねをすれば、これまでの幸運が逃げていく気がします」と話して、申し出を辞退した。』


8.内田樹さんの『仕事力』(4月1日 朝日新聞)より

『①仕事というのは自分で選ぶものではなく、仕事の方から呼ばれるものだと僕は考えています。

②僕たちは、自分にどんな適性や潜在能力があるかを知らない。  でも「この仕事をやってください」と頼まれることがある。  あなたが頼まれた仕事があなたを呼んでいる仕事なのだ、そういうふうに考えるように学生には教えてきました。

③仕事の能力については自己評価よりも外部評価の方がだいたい正確です。  頼まれたということは外部から「できる」と判断されたということであり、その判断の方が自己評価よりも当てになる。

④「キャリアのドアにはノブがついていない」というのが僕の持論です。  キャリアのドアは自分で開けるものではありません。  向こうから開くのを待つものです。  そして、ドアが開いたら、ためらわずそこに踏み込む。』

と、ここまで書いたのですが、何と私の保存ミスで全文を削除してしまいました。  本文はまた最初から書き直したものです。  有森裕子さんではありませんが「自分で自分をほめたい」心境です(笑)。






















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