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C o C o 壱番屋

1.6月10日に配信された公認会計士・藤間秋男先生のメルマガにC o C o 壱番屋の創業者・宗次徳二さんのことが紹介されていました。  タイトルは『苦労している最中に不遇と思ってはいけない』(hiro-sanのメールマガジン「人の心に灯をともす」・・・『一流たちの修行時代』光文社新書』より)です。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①宗次徳二(むねつぐとくじ)。  国内外に1222店舗を擁する日本最大のカレーチェーン「C o C o 壱番屋」の創業者である。   そんな彼の「宗次」とい名字は実の親のものではない。  生後まもなく養護施設に預けられた彼は、本当の親も名字も知らない。   3歳で養父母に引き取られて宗次姓を受け、それからの人生が始まった。  少年時代からさまざまな苦労を経験し、会社を創業、そして一部上場まで育て上げた。

②「経営者としての私を形作ったのは、物心ついてから15歳までの人生です。  それが私の修行時代でしょう。  天涯孤独で肉親の支えもなく、しかも貧乏のどん底でした。  しかし、今になって思えばそれがよかった。  私は人が遊んでいても、うらやましいと思ったことがない。  遊びを知らなくとも、趣味など持たなくともぜんぜん平気なのです。  あの時代のことを思えば、つらいことなんて何もありません。」

③「養父は、私を養護施設から引き取った頃までは裕福な暮らしをしていたそうです。  ところが戦後始まった競輪に夢中となり、たちまち財産をなくしてしまった。  養父は日雇いで給料をもらっていたのですが、1日300円ほど。  それも2日に一度は仕事にあぶれ、稼いだわずかな金もまた競輪に賭けてしまう・・・。  おんぼろアパートや納屋みたいなところを借りて住んでいたのですが、家賃が払えないからすぐに追い出されてしまう。  もちろん電気もない。  ローソクとリンゴ箱だけが家具だった。」

④「子どもの頃、腹を空かせて野草を食べていたことがある。  銭湯代もないから風呂は入らず行水ばかりでした。  そんな生活が高校入学まで続きました。  その時代がなぜつらかったかと言えば、自分の環境を自分でコントロールすることができないからです。  高校生になるとアルバイトをして自分で稼ぐことができたけれど、それまでは子どもひとりの力ではどうすることもできず、その境遇をただ受け入れるしかない。」

⑤「養父母に厳しく叱られて泣きじゃくったこともありました。  言いつけを守らないと、父親に裸にされて箒(ほうき)の柄で叩かれたり…。  しかし、恨みはありません。  つらくなったら、前を向く。  当時の私には人を恨む感情は湧いてこなかった。」

⑥「人間には苦労は必要ですが、苦労している最中に不遇と思ってはいけない。  私は孤児だったし、貧乏の連続だった。  それでも貧乏の後遺症が残っているわけではないし、孤児だったから兄弟間の財産争いとも無縁です。」

⑦「孤児や貧乏は何も恥ずかしいことではありません。  だから、状況や過去のことを嘆くよりも、何か小さな目標を持つことです。  一年くらいで実現できるような目標を持つ。  本屋へ行くと『夢は大きいほうがいい』なんて本がたくさん並んでいます。  でも、そんなことは幻想です。  それよりも、行き当たりばったりでいいから、その日その日を全力で生きる。  大きなことを考える前に、手を抜かずに一日仕事をしてみる。  そうして、目の前の人に喜んでもらえばそれでいいじゃないですか。」

⑧「私は世の中のすべての人に壱番屋のカレーを食べてもらおうなんて思ってません。  認めてくれる何パーセントかの方がいらしてくれれば、それでありがたいです。」


2.日経新聞4月10日夕刊の特集『人間発見』の宗次さんのインタビュー記事からも抜粋して紹介します。

『大人になるまでの生活は大変でしたが、不幸だったとは思いません。  (中略)  見方を変えれば小さい時から苦労を重ねたからこそ、逆境に負けない忍耐力と、身を粉にして仕事に打ち込む姿勢が育まれました。  もし平々凡々な生活を送っていたら、自分の成功はありませんでした。』

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