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元首相

1.今週の朝日新聞夕刊のインタビュー連載『人生の贈りもの』は元首相の村山富市さんです。  昨日の紙面から抜粋して紹介します。

『・・・政界を引退して久しくなりました。  いま89歳。  人生を振り返って

「めぐり合わせの人生だった。  自分が望むわけではないのに、役回りが自然にやってきて、国会議員、社会党委員長、総理大臣にもなった。  人に背中を押されて、それをやらなくてはならない、ということを繰り返してきた。  人間的には信頼されていたと思う。  めぐり合わせの人生の根底には信頼があったかもしれない。」

・・・首相時代、料亭に行って楽しむようなことは

「忙しくてそれどころではなかったが、一度だけ機会があった。  (中略)

いまも年金でつつましくくらしている。  裕福でないから健康でいられる。  何でも自分でしなくちゃならないから体を動かす。  出かけるときも自転車を使っている。』


2.(1)先々週の大連出張中に同じく元首相の細川護熙さんが書かれた『中国 詩心を旅する』(文藝春秋社)を読みました。  その中に次のような記述があります。

『挙人、須挙好退者(人を挙ぐるには、須(すべか)らく退(たい)を好む者を挙ぐべし。)

というのは『宋名臣言行録』にあることばだ。  人材を選ぼうとするなら、自ら売り込んでくる者ではなく、あえて仕官を望まないような人物を登用すべきだという。  至言(しげん・・・物事の本質を適切に言い表した言葉)だと思う。』  



(2)同書中の杜甫(とほ)について書かれた部分からも抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①70歳を意味する「古稀」ということばとともに、「人生 七十 古来稀なり」の一句はよく知られている。  これは杜甫の「曲江(きょくこう・・・長安の郊外の細長い湖水の名)」二首のうちの第二首に出てくる。  (中略)

②若き日の杜甫は。唐の官界で志を遂げようとしたが、科挙(かきょ・・・当時の中国で実施されていた高等官資格試験)に落第する。  少年のころより文学の才で神童と評されたという杜甫にとって、それは人生最初の大きな挫折だったであろう。

③その後の杜甫の生きた道は決して平坦ではなかった。  いや、彼を待ち受けていたのは、むしろ苦難と放浪の人生だった。  天は杜甫に、この世の有為転変と悲哀を嘗めさせることによって、その詩才を鋭く磨かせたのではないかとさえ思われるほどだ。

④しかし、そのような生を、杜甫はなかば覚悟し、なかば肯んじて生きたのではないか。  「曲江」詩の第一首は次の一句をもって終わっている。

何用浮名絆此身(何ぞ用いん、浮名もて此の身を絆(ほだ)すことを)

⑤虚しい名声によって、自らの自由を束縛するようなことをどうして選ぼうか。  それが春の曲江の水辺で酔いしれていたかに見える杜甫の胸中だったのだ。』

島倉千代子さんの歌じゃありませんが、人生いろいろですね。

ちょっと古かったかな~。  でも幼稚園の年中以来の島倉さんファンですから(笑)


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