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神様にほめられる生き方

(1)春日大社権宮司の岡本彰夫さんが書かれた『神様にほめられる生き方』(幻冬舎)を読みました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『1.①「瑞気(ずいき・・・めでたい気、新鮮でかつ美しい気)」を呼ぶと家が栄えます。  来客が多い家は栄えるといいますが、人々で賑わい、談笑が絶えないと活気が家に充満し、繁栄をもたらすのです。

②家だけではありません。  人もそうです。  陰気な人では瑞気は呼べません。  何事にも前向きで陽気な人には瑞気も集まってきます。  笑うことが大切で、神様もよくお咲(わら)いになることが『古事記』にも書かれています。


2.①普通、我々が家を建てる場合、家に合わせて土を削り、聖地をします。  ところが春日大社では神の地に人間が触れることを畏れ多いとして、地形には一切手をつけず、地面に合わせてお社を建てているのです。  そのため、回廊は登り楼が多くなりました。

②つまり、人が決して侵してはならない神聖な神の領域があるということを、この回廊から学ばせていただかねばならないのです。  (中略)  この世には、知ってはならないことや立ち入ってはいけない場所があり、神仏の領域を詮索することは慎むべきなのです。


3.①神様は絶対おいでになるという確信を持つ瞬間(とき)があります。  もちろん、それまでに何度もふるいにかけられ、ときには、神も仏もあるものかという思いでいっぱいにさせられます。

②それでも、「いや、必ずおいでになる。  きっと見ていてくださるのだ」と信じて、一所懸命苦しい坂道を上っていると、あるときそっと教えてくださいます。  「いるぞ」と。

③もっとも、この体験は人に話してわかってもらえるものではありません。  すべては偶然で片付けられてしまいます。  でも、本人だけは、これは神仏の力以外では為し得なかったと、確信を得る瞬間があるのです。


4.①二宮尊徳は、風呂の湯を例に出してこんなことを言っています。  「風呂の湯は、自分のほうへかき集めようとすると、反対側へ流れてしまう。  けれども向こう側へ押すとみな手前に返ってくる」と。  これは自らの利益を得ることを考えず、人に施すことをせよという教えです。

②自分だけのために利益を得ようとしていたら、すべて失っていく。  しかし、人様のためになることをすると、まわりまわって必ず自分のところへもその徳が及びます。  (中略)

③もちろん、それを見越して「いずれ自分にまわってくるだろう」と思いながら施すのでは意味がない。  心から相手のことを考えなければなりません。』


(2)①カラダ全体が痛いという患者が医者に行った。

②「先生あらゆる場所が痛いんです。  指で膝を押すとイタ!  頭を押してもイタタ!  胃を押してもイタ!  顔を押しても痛い!」

③「ちょっと見せてください。  あー分かりました。  指の骨が折れていますね。」

(公認会計士・本郷孔洋先生のメルマガ8月5日配信分より)

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