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稲盛和夫さんJAL再生

1.先週末、京都・極真祭への往復車中で『稲盛和夫 最後の戦い』(大西康之著 日本経済新聞出版社)を読みました。  副題は『JAL再生にかけた経営者人生』です。  


2.JALの破綻から再生までを時系列で見てみます。

『①2010年1月19日、経営不振・債務超過を理由に、日本航空(JAL)は子会社2社とともに東京地方裁判所に会社更生法の手続を申請。

②2010年2月1日、 稲盛和夫・京セラ株式会社代表取締役名誉会長が会長に就任。  2010年2月20日、上場廃止。

③2011年3月28日、会社更生終了。  2012年9月19日、経営破綻に伴う上場廃止から2年7カ月ぶりに、東京証券取引所第1部に再上場。

④2013年3月31日、稲盛会長が退任。』


3.以下は稲盛さんの略歴です。

『①1932年鹿児島県鹿児島市薬師町生まれ。

②1959年、社員8人で京都セラミツク(現京セラ)を設立し、1966年に社長に就任。  1969年、株式上場。  ファインセラミックスの技術で成長する。

③1984年には第二電電(DDI)を設立(後にケイディディと合併し、今日のKDDIとなる)。  その独特な経営管理手法は「アメーバ経営」と呼ばれている。

④2010年1月に日本航空の代表取締役会長として日航再建に取り組むよう、鳩山由紀夫首相(当時)から要請され、2月1日から、日航の会長を無給で務め、見事にJALを建て直すことに成功した。』


4.本書から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①2013年3月19日の退任の記者会見。  経営の一線を去るにあたり、国際競争力を失いつつある多くの日本企業の経営者へのメッセージはあるか、と問われると、稲盛はこう言った。  「日本企業のリーダーは、もっと強い意志力で会社を引っ張っていかなければならない。  経営には格闘技と同じように闘魂がいる。  闘志なき経営はダメだ。  経営者は、自分の会社を何としても立派にしてみせる、という闘魂を燃やしてほしい」

②(京セラから会長補佐としてJALに来た)大田は稲盛のフィロソフィをJALに浸透させるため、稲盛のスローガンをポスターにしてオフィスに貼ろうと提案した。  「新しき計画の成就は只 不屈不撓の一心にあり さらばひたむきに只想え 気高く強く一筋に」  稲盛が尊敬する思想家、中村天風の言葉である。

③この頃、稲盛はある種の達観した境地に至っている。  第二電電とほぼ同時期に、稲盛財団と盛和塾を立ち上げているのだ。  (中略)  そうは言っても京セラや第二電電の経営は慈善活動ではない。  ビジネスとしてやるからには絶対に勝つ。  稲盛は私心を否定し利他の心を説く一方で、ひとたび競争になると相手を完膚なきまでに叩きのめす。

④(前略)  無給で取り組んだJAL再生も同じだ。  動機が正しいのだから、自分が負けるはずがない。  ピンチの連続だったJALでの3年間、「失敗するかも、と考えたことは一度もありません。  そういうネガティブな気持ちを一度でも持ったら、本当に失敗していたかもしれませんね」。

⑤「自分は正しい」  一点の曇りもなくそう信じ込めるところが、稲盛の強さである。』


木曜日から中国・煙台です。  事務所は新しいビルに入ったのですが、先月末の出張時には電気系統が未完成(?)で、クーラーが入りませんでした。  軽い熱中症にかかったのか、帰国後に体調を崩しました。  今回はクーラー効くのかな~(笑)

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