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創意工夫

1.私が選手指導で一番強調するのは『創意工夫』の大切さです。  1978年に東京城西支部を開設して以来の一貫したコンセプトです。

2.『創意工夫』という点で大変尊敬している人が第一次南極越冬隊長の西堀栄三郎さん(1903~1989)です。   西堀さんがかって書かれた『石橋を叩けば渡れない』という本の中に南極での「雪上車のエピソード」が取り上げられていました。

同書が手元にないのでネットで検索したら佐藤直曉さんの『リーダーの人間行動学ブログ』にそのエピソードが出ていました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①西堀隊長を含めた何名かの探検チームが、初めて南極大陸で遠出したとき、雪上車が突然止まってしまうという事故が起きました。

②雪上車にはカタピラーという装置がついています。  カタピラーとは、戦車やブルドーザーなどについているもので、車輪全体に鋼鉄の板を帯状につなげて取りつけられているものです。

③このカタピラーには、スプロケットという、いぼいぼのある大きな歯車のようなものがつけられていて、これがギリギリ回ることでカタピラーは動きます。

④故障した雪上車を調べてみると、スプロケットがシャフトから抜け出して、カタピラーがはずれかかっていました。  ナット(止めネジ)がどこかで抜け落ちて、スプロケットがはずれそうになっていたのです。

⑤引き返そうという隊員もいましたが、西堀隊長はあきらめませんでした。  ナットの代わりはないかと考えていると、折よく、ひとまわり大きな袋ナットが見つかったのです。

⑥それをシャフトに差し込んでみると、案の定ガボガボです。  しかし、内側に肉盛りすればきっちりはまりそうです。  幸いトーチバーナーとハンダがあったし、手頃なドライバーも見つかりました。

⑦西堀隊長は、袋ナットのなかにドライバーの柄を入れ、その隙間にハンダを溶かして落としていきました。  そうしてからドライバーを引き抜くと、円錐形のネジ穴をしているナットらしきものが出来上がりました。

⑧これを丸太棒を使って無理やりシャフトへねじ込んでスプロケットをはめ、最後にカタピラーをはめ込んだのです。  こうして、問題は解決し、一同一安心。

⑨「やれやれ、紅茶でも飲もうや」ということになったのですが、西堀隊長は、ナットが緩むのではないかと、内心では心配だったようです。

⑩温かい紅茶が運ばれてきたとき、西堀隊長はまたまた閃きました。  お茶を飲んだあとには、コッフェル(山登りに使う携帯用の小鍋)の中に紅茶の葉っぱが残りますが、そこに雪を放り込んで、シャーベット状のお粥のようなものを、隊長は作ったのです。  そして、それを凍らないうちに、ナットのところにベチャベチャ塗りつけました。

⑪南極の零下二十何度という気温下では、水はたちまちのうちに凍り、強力な接着剤になります。これでナットはシャフトに堅く固定されました。』


3.同ブログにはピンチの時の精神的な対応についても次のように書かれてれています。

『①日本人にとって初めての南極越冬は、まさしく命懸けの事業でした。  西堀さんは南極越冬中に幾度も生命の危機に遭遇しています。  しかし、その都度、持ち前の危機を乗り切る直観力で、ピンチを切り抜けました。

②西堀さんは、ピンチのとき、「平静でありさえすれば、どうすればいいかということが、自動的に心に浮かんでくる」と言っています。  要するに「あわてふためかない」ということなのですが、ではどうすればそういう心境でいられるかといえば、「思いもよらないことが必ず起こる」と覚悟していればよいのだそうです。  そして、その覚悟はどこからくるかといえば、「準備というものは不完全なものなり」と思うことからだというのです。』

私も試合に出る選手に「試合中には予期しなかったこと・・・弱いと思っていた相手が意外に強かった、予期しない攻撃をもらったetc・・・が必ず起こるから、その時はそれも当然のことだと思って焦らないこと」という話をよくします。


4.スケジュール帳を見たら日曜日まるまる休めるのは7月7日以来です。  最近疲れ気味なのはそのせいかな~?  でもやっぱり年のせいかも(笑)

2020年のオリンピック開催地が東京に決まりました。  1964年のときは父親の仕事の関係で九州・佐賀県にいたのでテレビで見るしかありませんでした。  楽しみです。

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