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意拳

稽古の一環として中国拳法の意拳を取り入れるようになって38年が経ちます。  今では私の日常生活の一部で、海外出張中も毎日約一時間の意拳の稽古は欠かせません。

思想家・武道家の内田樹さんと日本韓氏意拳学会会長の光岡英稔さんの対談本『荒天の武学』(集英社新書)を読みました。  光岡さんが意拳について語っている部分から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『1.①韓競辰先生からずっと中国語で意拳を教えてもらっていて、通訳の人などもいるにはいたのですが、私自身が日本語に訳すことがなかったから、かえって理解するのに良かったですね。  (中略)

②ある意味、わからないものをわからないままに学ぶことで見えてきたことがあって、それは意拳のおもしろさは、「何を習ったのかよくわからないところ」だということです。

③もちろん体系はわかりますが、そこで教えてもらったことの真逆なところにどんどん目が行くので、何を習っているのかと改めて考えるとわからなくなる。  そこが意拳を学んでいく上でのおもしろい現象ですよね。


2.①気持ちを開放して、伸びやかに行なう。  中国語では舒展(シュージャン・・・伸びやかだ)と言いますが、そのような状態や気持で身体を動かします。  自分の身体をある考えに基づいて動かすのではなく、どうなるかわからないけれど伸び伸びと動いてみる。

②力を入れる必要はありませんし、抜く必要もない。  (意拳創始者の)王薌斎は「不用力 不費脳」と言いました。  力を用いる必要もなければ、特に動きや身体について考える必要もない。  (中略)

③站樁(たんとう・・・立禅のこと)で行う挙式において、ただ手を挙げていく一瞬一瞬の中でどんな感じがするか。  どのような状態が生じるか。  そこに注目します。』


昨日は新宿のある焼き肉屋さんで阿曽・山辺の両師範代、今年の全日本大会に出場する森・鎌田・竹岡・ファビアン・加賀・石崎、と9人で焼肉を食べました。

店の人に聞いたら60年前に開店したのだそうです。

実はちょうど30年前の今ごろ、その年に行われる第15回全日本大会の前に大西靖人と二人でそこで食事をし、数日後、大西は城西初の全日本チャンピオンになりました。  

験を担ぐ(げんをかつぐ・・・以前に良い結果が出た行為と同じことをして、前途の吉兆をおしはかること)わけではありませんが、やれることは全部やっておこうと思って(笑)

よく食べ、よく飲みました。  飲んべえのヤマベは大人しく帰ったのかな~(笑)

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