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「自分」の壁

『「自分」の壁』(養老孟司著 新潮新書)を読みました。  第10章『自信は「自分」で育てるもの』から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①目の前に問題が発生し、何らかの壁に当たってしまったときに、そこから逃げてしまうほうが、効率的に思えるかもしれません。  実際に、その時のことだけを考えれば、そのほうが「得」のようにも見えます。  ところがそうやって回避しても、結局はまたその手の問題にぶつかって、立ち往生してしまうものなのです。

②(私が研究者になって二年目の)大学紛争のときのことを思い出すと、それがよくわかります。  あのとき、正面から問題にぶつかった人の、その後を見ると悪くないのです。  いっときは、かなりの面倒やストレスを背負い込んでしまうから、損をしているように思えても、後々それが活きています。  一方で、要領よく立ち回った人は、意外とうまくいっていない。

③問題から逃げると、同じような問題にぶつかったときに対処できないからです。  「こういうときは、こうすればいい」という常識が身につかないのです。  (中略)

④人間関係や仕事にかかわることなどの世間的な問題というのは、どこかで自分がこれまでやってきたことのツケである場合が多い。  「自分は何も悪くないのに、厄介ごとが次々に襲ってくる」と本人は思っていても、周りから見れば、その人自身が厄介ごとを招いている、ということもあります。

⑤どこかで他人や社会との距離の取り方、かかわり方を間違えているのかもしれない。  しかし、逃げてきた人には、そのことは見えない。  自分がどの程度まで飲み込むことができるのか。  さまざまな人とつきあうことは、それを知るために役に立ちます。  (中略)

⑥他人とかかわり、ときには面倒を背負い込む。  そういう状況を客観的に見て、楽しめるような心境になれば相当なものでしょう。

⑦自分がどこまでできるか、できないか。  それについて迷いが生じるのは当然です。  特に若い人ならば迷うことばかりでしょう。  しかし、社会で生きるというのは、そのように迷う、ということなのです。

⑧どの程度の負担ならば「胃袋」が無事なのか、飲み込む前に明確にわかるわけではありません。  その意味では、運に左右されるところもあるし、賭けになってしまう部分もあるでしょう。

⑨なにかにぶつかり、迷い、挑戦し、失敗し、ということを繰り返すことになります。  しかし、そうやって自分で育ててきた感覚のことを、「自信」というのです。』

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