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勇怯・強弱は状況の所産に過ぎぬ

1.よく道場で次のような話をします。

『中国の古典「孫子」に「勇怯・強弱は状況の所産に過ぎぬ」という言葉がある。  勇敢であるか臆病か、強いか弱いか、はその時の状況によって変わる。  歴史を見ても、勇敢で最強と言われたローマ軍やナポレオン軍が負けたときは兵が怯え、弱さを露呈するようになる。』

2.一昨日も選手にその話をし、スマートフォンで検索して原文を見せようとしたら出てきません。  その後も調べましたが「孫子」自体には「勇怯・強弱は状況の所産に過ぎぬ」という言葉は無いようなのです。

3.手元にある『孫子・呉氏』(村山孚訳 徳間書店刊)を見ると、「孫子」の第五篇「兵勢」に次の一文がありました。

『乱は治に生じ、怯は勇に生じ、弱は強に生ず。   治乱は数なり。  勇怯は勢なり。  強弱は形なり。』

4.以下は同書の解説文です。

『戦闘の推移につれて、治もたやすく乱に変わり、勇もたやすく怯に変わり、強もたやすく弱に変わりうるのである。  治乱を左右するのは統制力のいかんであり、勇怯を左右するのは勢いのいかんであり、強弱を左右するのは撃破力のいかんである。』

5.またネットで次のような解説を見つけました。  番号を付けて紹介します。

『①それまでいかに整然と統制されていた軍隊でも、激しく複雑な戦闘行為を継続する間には、しだいに陣形もくずれ、指令も行き届かず、役割分担も守られぬ混乱に陥る。

②兵士の心理も同様で、当初いかほどに戦意が高揚していても、戦況の不利に感づいたりすれば、とたんに勇気も消え失せ、敗死の恐怖に怯えはじめる。

③また、いかに強大な戦力を誇る軍であっても、ひとたび不利な態勢を強いられてしまうと、戦力は急激に低下し、たちまち弱体な軍と化す。

④したがって、将軍は、状況によりどのようにも変化する不安定さを持つことを深く自覚しなければならず、軍がいつまでも統制を保ち、兵士の戦意が常に高く、軍の戦力が今後も強大であり続けると錯覚し、既に確保されたものと安心してはならないことを知っておかなければならない。

⑤ 現象として現れる混乱は秩序の中に、臆病は勇気の中に、弱さは強さの中に胚胎する。

⑥ 秩序と無秩序は組織・編成の問題であり、勇怯は状況に応ずる用兵の問題であり、強弱は部署の問題である。』

6.極真の試合でも、気弱でとても勝てそうもないように見えた選手が何かのきっかけ・理由で勇敢に戦い、勝利を収める場面を見ることがあります。  

7.逆に、勇敢で強そうに見えた選手が何かのきっかけで焦り・自信を失い、負けてしまうこともあります。  大山総裁も「相手は神様でなく人間だ。  自分が怖いときは相手も怖いはずだし、自分が苦しいときは相手も苦しいはずだ。」とよく言われていました。


それにしても、「勇怯・強弱は状況の所産に過ぎぬ」って、どこで読んだんだろ~(笑)

明日は松伏道場との合同稽古です。  少年部を中心として岡田幸喜師範の指導を受けます。  台風が心配だな~。


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