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王貞治さん

今月の日経新聞『私の履歴書』は野球の王貞治さんが書かれています。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『1.1月1日の第1回連載・・・通算756号本塁打を打ったときのこと

①1977年の夏休みの終わり。  (中略)  大リーグの通算本塁打記録であるハンク・アーロンの755号越えが迫り、異様なムードになっていた。

②「世界新」と人はいうが、球場も違えば、投手の質も違う。  近ごろ話題になる球の違いもあり、単純に数を比べるのはどうかと私は思っていた。  (中略)

③755号は8月31日。  756号が出たのは9月3日のヤクルト戦で、2試合足踏みしただけだった。  (中略)

④打ったときの私の態度に感心してくれた人がいる。  コリン・パウエル米国務長官。  2002年、ワシントンのホワイトハウスを表敬訪問してお会いしたパウエルさんはビデオを見て「スイングも見事だが、はしゃがず、おごらずベースを回る姿に気品がある」とおっしゃった。

⑤「記録を作ったときくらいはゆっくりベースを回れ」とか「手を振れ」とか仲間に言われていたので、打った瞬間万歳はしたが、すぐ相手の鈴木康二朗投手のことが気になった。  一塁を回ったところでマウンドをみやった。

⑥勝負の世界に生きる者同士、お互いにつらさもわかる。  1打席目の四球で、今でいうブーイングに近いため息がわきおこった。  (中略)

⑦756号を打った打席もフルカウントになった。  最後は甘目のシンカー。  「鈴木投手も第1打席に続いて歩かせてはいけないと思ったのでしょう」と私はコメントした。

⑧淡々とベースを回っていたように見えたとすれば、そういう思いがあったことともう一つ。  父、仕福の「万事控えめに」という教えだ。


2.1月6日の第5回連載・・・早稲田実業高校に入学直後の投手デビュー戦のときのこと

①5月3日、春の都大会決勝戦がデビュー戦となった。  相手は春の選抜で甲子園に出たばかりの日大三高だ。  (中略)

②のちに阪神入りする並木輝男さんらの強力打線を完封して4-0。  すっかり有頂天になり、ベンチ前でグラブを放り上げて喜んだ。  

③これを兄にとがめられた。  「お前は相手の気持ちを考えたことがあるのか」

④そこには父の教えがあった。  「(中国から)日本に来て、日本に生かされている」という父は偉ぶったりおごったりして反発を買うことを戒めていた。』

大山総裁は生前、試合場でのガッツポーズを禁止されていました。  勝者は敗者の気持ちをおもんばかるべきだとの理由からでした。  

現在他の競技でガッツポーズが禁止されているのは大相撲と剣道だそうです。  また野球のメジャーリーグではホームランを打っても、相手のピッチャーに失礼になるのでガッツポーズはしないようですね。

今日は初指導でした。  今年は当然、世界チャンピオンを目指した稽古になるわけですが、技術・体力だけでなく、精神面や態度の向上も課題です。

結局は世界チャンピオンになるのにふさわしい技術・体力・精神・態度を備えた人にその称号が与えられるような気がします。

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