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実験と体験

7月26日のブログで取り上げた、本山博先生と渡部昇一先生との対談集『霊の研究 人生の探求』(致知出版社)の『第五章 生まれ変わりの真実・・・カルマの法則』から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『1.渡部・・・カルマということについて少しお聞きしたいと思います。  カルマというのは因果応報(いんがおうほう・・・人はよい行いをすればよい報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがあるということ)といいますね。  これは死んだ人の霊魂が何代か経て甦(よみがえ)るということと考えていいのでしょうか。

本山・・・意味としては「因果応報」だけれど、ふつうは「業(ごう・・・前世の善悪の行為によって現世で受ける報い)」といいますね。


2.本山・・・①宗教で科学の実験に当たるのは体験することだと思います。  その事実を体験するか、体験しないかによって決まるんです。  科学だって仮説の状態で観察をする。  そしてその中にどうもひとつの法則がありそうだとなると、その法則を証明するために実験装置や道具をつくる。  そしてそれが証明されたら、一応、事実の法則として認めるわけですね。

②そういう科学の実験に当たるものが宗教においては体験です。  事実を実際に体験するしかない。  それを抜きにして、いろいろビジョンを立ててみても、それはただの神学にすぎない。  そういうのはいずれなくなるのだからどうでもいい。  今のところ仏教なら二千五百年、キリスト教なら二千年続いていますが、それがそのままずっと続くかというと、決してそうじゃないと思う。  必ず変わるはずです。  だけど事実は変わらない。

渡部・・・しかし私が知る限り、キリスト教で生まれ変わりを信じる人はいませんよ。  これは絶対ない。

本山・・・それは実際にそういうカルマと再生というものを見た上で信じないのか、見たことがないのに信じないのかが問題です。  見たことがないのに信じないと言ったって、これは「信じない」ではなくて「知らない」ということでしょう。  もし正直な人ならば、「知らない」と言うはずですよ。  自分はそういうのは見たことも体験したこともないから知らないと言えばいいけれど、信じないというのはまた別論ですね。

渡部・・・しかし、生まれ変わりの証明は難しいでしょう。  不可能と言ってもいい。  


3.本山・・・①ある人が生まれてくる場合に、個人のカルマが主になって生まれる場合もあるし、国のカルマを背負ってそれが中心になって生まれてくるときもあるし、それから家のカルマを存続させるために生まれてくる場合もあるし、あるいは地球のカルマがその人の生まれる原因になって生まれてくることもある。

②つまり、生まれてきたカルマによって働く場所が違うんですよ。  それぞれ自分の持った器に従って生きているわけだから、その器を超えられるように器の中で精一杯に働いて、働きそのものの中に融(と)け込んでしまうほど夢中になっているうちに自然にカルマは解けていきます。  そして、カルマが解けるから、さらに進歩できるんですよ。』


明日は昇級審査会です。  

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