2017極真祭

週末は京都で2017極真祭でした。  入賞した選手についてのコメントです。

①小木戸瑛斗(型12歳~14歳男子の部・優勝)・・・予選も1位通過での優勝でした。   技の切れ・緩急、足腰の安定感ともに抜群でした。  3年前に優勝した時も素晴らしかったですが、今回はそれにパワーが伴ってきた印象を持ちました。  最近は組手の力も付けてきました。  高校進学後は型・組手の両方でチーム城西の中・高生を牽引してもらいたいと思います。

②金子雄大(組手13歳14歳男子-55㎏級・第3位)・・・ここ数年、体格差で技を封じられることが多く、入賞から遠ざかっていました。  今回は足腰の強さが見られ、これまでのように押し崩される場面が見られませんでした。  サウスポーの雄大ですが、相手の右奥足外側への下段廻し蹴りが有効でした。  同じサウスポーの森善十朗が得意とした左足をステップインしてからの右奥足内側への下段廻し蹴りと左の鎖骨打ちをマスターすれば、さらに強くなると思います。  第46回全日本大会の森vsイリヤ・カルペンコ戦の映像を観て研究して下さい。

③岡部慎太郎(組手13歳14歳男子+55㎏級・準優勝)・・・決勝戦は183cm・106㎏の大柄な相手選手と対戦し、試合の流れの中で両脚がそろったところを刈られ転倒し、技有りを取られました。  それさえなければ優勝する可能性もあったと思います。  新ルールになり、上段蹴りや足掛けで勝負が決まってしまう場面が増えました。  一瞬の油断や、一瞬のバランスの崩れが命取りになります。  指導員ブログの入賞者インタビューで本人も答えていましたが、技有りを取られても取り返せるような、得意技を磨く必要があります。  上段蹴り・足掛けはもちろんですが、今年のウェイト制大会で亘和孝が見せたような、倒せる強い突きなども有効です。  ウェイト制大会の和孝の映像や、昨日一本勝ちを量産して優勝した高橋扶汰選手の映像などを観て研究して下さい。

④中水流梨央(型10歳男女混合の部・第3位、組手10歳女子+35㎏級・第3位)・・・型は、パワーとスピード感にあふれていました。  そこに緩急と技のキレが出てくれば、優勝の可能性が出てきます。  組手は準決勝でリーチの長い選手に自分の間合いを封じられてしまいました。   離れれば相手の長い前蹴りが来るし、近づけば膝蹴りが来る、といった感じです。  ただ前に出るだけではなく、サイドステップなどを研究して、リーチの長い相手が逆にやりにくさを感じるような、出入りや横への動きのある組手が望まれます。

⑤諸岡幸乃(組手7歳女子・準優勝)・・・試合の中盤で上段への蹴りで技有りを取られました。  準決勝からコート近くで観ましたが、突きでラッシュする時に頭が大きく揺れる癖があります。  頭が大きく揺れるということは当然視線が定まらないことになります。  取られた技有りも、それが原因で相手をよく見ていなかった可能性があります。  頭を頂点とした体軸の安定は打撃系格闘技では必須です。  優勝する可能性が相当高かっただけに、ちょっと残念です。


※追記

庄司宇天名(組手16歳17歳男子選抜無差別級・準々決勝で優勝した高橋扶汰選手に判定負け)・・・数年前の関東大会決勝で対戦しています。  そのときは押されて一方的な試合だったように記憶していますが、今回は善戦しました。  高橋選手と対戦した宇天名以外の選手が全員一本負けだったことを考えると、組み合わせさえよければ決勝まで上がったと思います。  高橋選手には吉村基も昨年末の関東大会決勝・今年のユースエリート準決勝と二度負けています。  4月17日のブログに書きましたが、基についてもその差は大分縮まってきています。  宇天名と基で力を合わせて研究し、次は勝てるよう頑張ってもらいたいと思います。 

実際、そのような目に見える目標とする選手がいることは幸せだと思います。  エベレスト登山で言えば、次の中継地点までの道のりが明確なわけですから。  当然そこに険しさはありますが、目標が明確だと、無駄なルートを登る可能性を排除できる・モチベーションが上がる、などのメリットが出てきます。  サンドバッグを叩いても、ミットを蹴っても高橋選手のことをイメージするくらいの執念があれば、雪辱することは可能です。 

ちなみに、表彰式で賞状を渡すついでに、高橋選手に宇天名について訊ねたら、「強かったです」と言っていました。   多分に社交辞令も含まれていたとは思いますが、嬉しかったです(笑)

選手・セコンド・応援・付き添いのご父兄の皆さん、暑い中、お疲れさまでした。    

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北方謙三先生

菊澤院長を通じて、北方謙三先生から『荒野に立てば十字路が見える』(新潮社)を頂きました。  ありがたいことに私宛のサイン入りです。  「いつか自分を掘り出して輝きを手にする」の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①(前略)若いころの自分を思い出すと、こうなってしまう。  あのころ、自分を掘り下げているつもりで、見当はずれの方向を掘りながら、しかし書き続ける情熱だけは失わなかった。  費やしたエネルギーに較べると、活字として結実したのは悲しいほどのささやかな量である。

②人間の情熱というのは、無目的なのだと、いまにして思う。  しかし、それでも走り続ける。  これを若さとか、青春とかいうのだよ。  ふり返っても、エネルギーと時間を無駄にしたのだとは、決して思わない。  逆に、人生にそういう時期があったことが、貴重だったのではないか、とさえ思うのだ。

③人生を棒に振るのか、と涙を流しながら、私に言った友人がいた。  棒に振った先にも、人生はあるのだな、とそいつはいましみじみと言う。  涙とともに忠告してくれる友人を持った、というのも、今では豊かさだと思える。  

④おい、人生は、中途半端に生きてはならないのだ。  特に、青春はな。  無目的だが一途。  矛盾したこれが、きちんと意味を持つのが、人が生きるということなのだ。  君には、つまらない話だったかな。』

大学生のころ、勉強をまったくせずに空手の稽古だけやっていた時期があります。  父親が真剣に心配して、「空手なんかやっていて、将来どうするんだ。」と言いました。  ③を読んで、そのことを思い出しました。  

その時父親の言うとおりに空手をやめていたら、今ごろ何をしているんだろ~(笑)

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市村直樹の言葉

ワールド空手9月号が発売中です。  和孝と竹岡優勝・恋之介4位のウェイト制大会や加賀4位のオールアメリカンが特集されています。  

そして、『追悼グラフ&ストーリー』として5月19日に亡くなった市村直樹が取り上げられています。  今回再確認しましたが、市村は1985年4月18歳で城西支部に入門、全日本大会の初入賞(第26回大会3位)が1994年10月28歳のときです。  全日本大会の最終の入賞(第37回大会7位)は2005年11月39歳です。  その両大会を含め、全日本大会に7回入賞(3位が2回、ベスト8が5回)、世界大会に4回出場、と遅咲きではありましたが極真史上に残る名選手と言っていいと思います。  

市村本人のインタビューから抜粋し、番号を付けて紹介します。

『1.「①試合前になると自分と向き合えるんですよね。  弱い自分と。  自分はまだまだ大したもンじゃない、大したことないなってことがわかるんです。  毎回毎回、いまだに緊張するということは、やっぱりまだまだ大した人間じゃないなって。  

②緊張することはいいことだと思うんですけれど、試合前になると自分というものがよく見えるんですよね。  緊張する自分、押しつぶされそうな自分。  試合がだんだん近付いてくると、圧迫感と向き合える自分がいる。

③だから自分にとって、試合に出るというのは不可欠なことであると思うんですよ。  自分の弱い部分が見えるから。  例えば、緊張感で身体に変調を起こします。  耳鳴りがしたり、節々が痛んだり、普段なんでもないところが異常をきたすんです。  それは精神的なもので来ることがあるんですよね。  自律神経が乱れるから。

④いろいろあるんですよ。  試合の1週間前から朝起きての立ちくらみとか、夜中の4時になるとズキズキと偏頭痛がするとか。  でも、試合が終わるとそんなことも嘘のように消えますからね。  トイレも3日前から夜中に3回も4回も行くんですが、試合が終わるとぐっすりと寝ています。

⑤結局、それらは弱い自分なんですよ。  そうやって弱い自分を発見できるんです。  何回試合に出てもそれはずっと続いています。」


2.「①(全日本大会初入賞の7か月前の関東大会準優勝について)その大会の辺りから、課題を持って試合をやるということが出来るようになりました。  考えながら、頭を使って稽古することの必要性もその頃から感じていたと思います。  ただ量をこなすのではなく、考えながらやる。  

②その頃から戦略のことを考え始めたんじゃないですかね。  それはそれでよかったとは思いますけれども、それまではただ試合をやればいい、と思っていました。

③(その関東大会は)優勝は出来ていませんが、少しづつ勝ち方が分かってきたような、力まないで試合が出来るようになってきた、自分が客観的に見ることができるようになってきた大会だったと思います」


3.「①弱い自分を克服するため、弱い自分がいるから稽古しないといけないし、壁を破るために試合に出るわけですから、強くなったと思ってはいけないんでしょうね。

②稽古の時は弱いと思って稽古する、試合場に立つ時は強いんだって思って立つ。  それは昔から変わっていません。  強いと思って稽古したら稽古にならないですよ。  弱いから稽古をするわけであって。

③普段の稽古で弱い自分が分かるんです。  例えば江口師範にミットで追い込まれている時に、時間が経って苦しくなってくると脳裏の中で弱い自分が顔を出すわけです。  弱い自分が顔を出すということは、まだ弱い自分がいるわけじゃないですか。

④だから追い込んでくれる人のところで追い込まないと、自分は試合には出られません。  自分一人で追い込めるほど強くはないですから。  追い込んでいただくと弱い自分が顔を出すわけです。  毎回毎回、それが壁なんです。

⑤いく時は〝絶対に今日は力を出し切る〟と決めて、悪魔の囁きに負けない、苦しくなったときに弱い顔が覗かないのが課題なんですけれど、出さないようにしてもどこかでほんの少し、弱い自分が出てしまうってことはまだ弱いわけで。   

⑥ミットをやっている時に、あと何分かなってタイマーをチラッと見てしまうとか。  時間なんて見るんじゃないよ、関係ないんだよって江口師範にバレて怒られます。  それは弱い自分です」』

『追悼グラフ』の中の市村の言葉も紹介します。

『“城西ここにあり”ってところをもう一回見せなければいけない。  優勝は個人の問題ですが、これから育ってくる若い城西の選手のためにも勝ちたい。』

市村直樹という弟子がいたことは、私の誇りです。

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